9.巫女様の旅立ち<5/6>
「さぁな。ルスティナが責任を持って道中の面倒を見るということで、ご両親とは話をつけてきたようだが」
「連れて行くなら行くで、せめてアルディラに任せた方がいいんじゃねぇの? あっちは侍女たちも一緒だし、法術に関してならヘイディアからのほうがいろいろ聞けるだろ」
「確かに、アルディラ姫のおそばの方が、いろいろ行儀作法も学べるのであろうな」
言いながら、エスツファは何気なく視線をルスティナ用の天幕に向けた。今は主が不在なので、入り口の布は降ろされている。
「元騎士殿達が、『女王』とやらに会いに行っていた間に、ルスティナが親身にユカ殿の話を聞いてやっていたのだろう? ルスティナにずいぶんと気を許しているらしい。それに、元騎士殿やエレム殿と一緒と聞いて、こっちの方が気楽で良さそうだと思ったようだ」
「なんだそりゃ」
「そりゃあ、子連れの謎の剣客が一緒で、しかも片方は軍のお偉いさん相手に対等で口を利いてるんだもの、こっちの方が面白そうだって思うよねぇ」
脳天気な声と一緒に、リノが後ろからひょっこり首を伸べた。椅子代わりの板をまたぎ、当然のような顔でグランの横に腰を下ろす。
「だからなんでお前がここにいるんだよ。関係ないだろ」
「兄さんは綺麗な顔してほんと冷たいなぁ。それに、関係なくないよ。おいら、荷馬車が直ったら、しばらくこの部隊と一緒に行くんだから」
「なんでだよ。お前、表向きは鉱夫なんだろ。サルツニアに行くってのはどうなったんだよ」
「いちおう目指してるのはそっちだけどさ」
グランの嫌そうな声にも、リノは動じた様子がない。相変わらずにこにこと、
「どうせ、街道使うのは一緒だもの。それに、兄さん達と一緒の方が、いろいろ面白そうじゃない。キルシェの姐さんだって、そう思ってるから勝手についてきてるんでしょ」
「なんで俺がお前らを面白がらせなきゃなんねぇんだよ。寄ってくんな」
「ちゃんと、その司令官殿とはお話ししてるよ?」
「はぁ?」
グランの視線を受け、エスツファはもっともらしく頷いた。
「旅人の保護も、大事な責務であるからな。リノ殿まで部隊の客として迎えるわけにはいかぬが、同じ方面に一緒に向かうくらいなら構わぬよ」
確かに、エルディエルの隊列の側なら安全だろうと、勝手に近くをついてくる旅人や商人達も多いものだ。合意があって同行しているわけではないので、積極的に関わることはあまりないが、そばにいるだけで追いはぎや暴漢に遭う危険は格段に減る。不測の事態には頼まれれば手を貸すし、逆に、そういった商人達に相談すると、必要な物資を融通してもらえたりと、お互い便利なのだ。
「それに、この御仁もなかなか面白そうな経歴の持ち主のようであるな。魔道具収集家となれば、いろいろ鼻も利くであろうし、珍しい話も聞けそうなものである」
「そうそう、おいらいろいろ役に立つと思うよ。旅芸人が一緒になったとでも思って仲良くやろうよ」
「役に立つどころか、こっちはお前のせいでえらいめにあってんだぞ」
「まだ根に持ってるの? 済んだことは水に流そうよー」
「昨日の話だろうが!」
なれなれしくグランの肩にかけた手を振り払われ、それでもリノは人なつっこい笑顔を崩さない。子ども達とはまた違った雰囲気で騒いでいるグラン達に、エレムがいくらかあきれた様子で、
「せっかくのお菓子ですから、グランさんもエスツファさんも一緒にいかがですか? リノさんはお客さんじゃないから、遠慮して頂いて結構ですけど」
「なんで兄さん達は揃っておいらに冷たいのよー」
「暁の魔女殿も、二人には同じように扱われているからな。安心召されよ」
「あの姐さんは相当図太そうだからなぁ。おいら繊細だから傷ついちゃうよ」
「繊細の意味って知ってるか?」
「干しぶどうがいっぱい入っているのですー。甘いのに塩みがあってふしぎな味なのですー」
一方で、この地方独特の食べ物だという、干しぶどうとクリームを焼き菓子で挟んだものを与えられ、ランジュがご機嫌な顔で感想を述べている。
「町の人でも収穫祭の時にしか食べられないのに、よく手に入ったのですの。さすが都会の軍隊はお金持ちですの」
「ルキルアはなんでもない小国であるよ」
エスツファは飄々とした顔でそう言うと、ユカの小さな弟妹達に視線を向けた。
「弟御たちの手土産であるよ。家に戻れないほど忙しいのなら、せめて出立前にこれをと、ユカ殿の母君が言っておられた」
「……」
持っていた菓子を既に半分ほどかじっていたユカは、口元から菓子を離すと、複雑な表情でそれを見下ろした。弟妹たちはおいしそうに菓子をほおばりながらも、
「昨日はみんなでご飯が食べられると思って、母さんも姉ちゃんもごちそう作って待ってたんだよ」
「ユカ姉ちゃんは忙しくておうちに戻れないって言われたから、パン屋のコレッソさんに頼んで焼き菓子を焼いてもらったんだよ」
「そ、そう……」
「おいしいですねぇ、間に挟んであるクリームもおいしいですけど、干しぶどうがとてもよい香りですね」
全員分の茶を入れて、やっと自分も菓子に手を伸ばしたエレムが、ひどく感心した様子で感想を述べる。刻んだ干しぶどうを混ぜたクリームを焼き菓子で挟んだもので、クリームは塩気が強く、それに干しぶどうの甘みが加わって、ただ甘いだけの菓子とはひと味違う風味があった。横から手を出し、口に放り込んだグランも、
「……干しぶどうを唐黍酒でつけ込めば、酒のつまみにもあいそうだな」
「昼間から何を言ってるんですか」
「山奥の辺鄙な町だけど、食べ物は美味しいねぇ」
「辺鄙とはなんですのー!」
「いたたたた耳が伸びちゃうよー」
しんみりした表情はどこへやら、いきなり騒がしくなったユカを、弟妹達はにこにこと見守っている。
「こんなのの面倒見るのか? 俺は知らねぇぞ」
「賑やかなのはよいことであるよ」
言葉通り、エスツファは面白そうに自分の顎を撫で、
「今日のうちに、岩でふさがっていた街道の地ならしも終わるはずであるからな。明日には全部隊、揃って出立だ」
「変な足止め食っちまったな」
「いやいや、人の手であの岩山をどけることを考えたら、全く問題無しであるよ。撤去の手間と費用もばかにならなかったろうからな」
確かに、あれだけの岩を撤去するとなると、人手だけではなく、荷馬車や道具もそれなりに必要だった。それがなくなっただけでも随分楽だろう。
そもそも岩を置いたのもユカの仕業といえばそうなのだが、半分は操られていたようなものだっただけだけに、事情を知っている者は誰もユカ自身を責めようとはしなかった。
「山を越えたら、カカルシャは目と鼻の先であるからな。行けば行ったで、とんぼ返りするわけでもないから、強いて急ぐこともない」
「呑気だなぁ」