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6.巫女様の旅立ち<2/6>

「法衣……ですか?」

「だってこれ、着るのも脱ぐのも大変なんですの!」

 と、ユカは腕を広げてぐるりと一回りしてみせた。

 布量の多い特徴的な形の巫女装束は、実は一枚布を手間をかけて羽織っているらしい。司祭役の老女サバナが毎日山頂にやってくるのを嫌がっていたのも、服装についてまで口うるさくあれこれ言われるのが面倒だった、というのもあるようだ。

 もともと、巫女装束の由来はアンディナとは関係がない。この着方ではいろいろと不自由だろう。それなら、今着ている服を法衣に近い形に作り替えようかと、教会の神官が申し出てくれたのだ。

 エルペネの神官達は、『アヌダ神』に仕える代々の巫女が、山頂に軟禁状態で住まわされていたことを聞いて、ユカに対してとても同情的だった。エレム自身、レマイナ教会の中では有名人なので、その効果もあるのだろう。

 ユカの巫女装束に用いられている布は、通常の神官達の法衣に使われているものより若干薄いものの、上質で布量も多い。法衣とまったく同じ形のものに仕立て直すのは規則上難しいが、似た形のものであれば短時間に仕上げるのは難しくないとのことだった。

「山の上で一人暮らししてた割に、元気な女の子だよねぇ。あんなことがなくても、遅かれ早かれ自力で脱出してたんじゃない?」

 ひょっこりと窓から顔を覗かせ、南方系独特の濃い色の肌をした小男が、壁際に並んで座るグラン達に人なつっこい笑顔を向けた。ランジュは、ぐったりと転がっているリオンをまねて一緒にごろごろ転がっている。

 リノはそのまま、窓枠を掴んでくるりと中に入ってくると、グランとエレムの間に腰を下ろした。

「いろいろしがらみがあったみたいですしね。小さな世界にいる人は、そこから逃げ出すのに途方もない気力エネルギーが必要なものなんだと思います」

「あれだけのことが出来るのに、あの力を使って村の奴らを脅そうとかは考えつかなかったみたいだからな」

 何気なく相づちを打った後、グランはふと気づいてリノに目を向けた。

「つーか、なんでちゃっかりお前がここに来てるんだよ。関係ねぇだろ」

「兄さんは綺麗な顔してほんと冷たいなぁ」

 相変わらずにこにこと答えながら、リノはなにやら懐を探っている。取り出したのは、細長い棒だ。その先に紙で作った鳥が紐でぶら下げられていて、リノはその鳥を、近くでごろごろ転がっているランジュの鼻先にひらひらと垂れ始めた。

 気がついたランジュが手を伸べて捕まえようとすると、微妙な位置で上に引いてすぐ横に移動させる。ランジュは面白がって転がったまま移動してはまた手を伸ばす。体のいい猫じゃらしである。

「ユカちゃんのお洋服代、おいらが出してるようなもんだしいいじゃない。おいらも混ぜてよ」

「服代? 布はユカの自前だし、仕立て直してるのはここの神官達だぞ。お前関係ねぇだろ」

「仕立て直しの話が出た時に、飾りになるような小さな宝石の提供をいくらかお願いしたんですよ。リノさんが僕らの様子を見に来てたのは気づいていたので」

 だからエレムは、今リノが現れたことには驚かなかったのだ。

「でもなんで宝石なんだよ?」

「ヘイディアさんのケープにも、紫色の石がついてるでしょう?」

 エレムに言われ、グランは記憶を辿るように首を傾げた。

 ヘイディアは薄青色の法衣の上にケープを羽織っているのだが、その留め具や飾りに紫色の石がちりばめられている。法衣に装飾品がついているのは、確かにほかではあまり見ない。

 ただヘイディア自身は、かなり力のある法術師だ。専用の錫杖まで持っているくらいだから、法衣も特別なものを与えられているのだろうと、グランはあまり深く考えたことはなかった。

「土から生まれる宝石は、主神であるレマイナの祝福を得ています。宝石や天然石と言われるものは、色や生成された場所によってそれぞれ特性の異なる力を持っているのではないかと、昔から言われてたんですよ。ものによっては、気の流れや法術の作用にも影響を与えるものもあるのではと考えられてます」

「へぇ」

「カーシャムの神官が、死者の弔いの証しに煙水晶を用いるのはご存じですよね? 煙水晶には人を眠りに誘う効果があるといわれていて、死と眠りを司るカーシャムからの恩恵を受けやすいと考えられているからなんだそうです。土着の信仰にも、宝石そのものに特殊な力が宿っていると考えるものがありますから、人は古くから宝石に宿る力について漠然と感じるものがあったのかも知れません」

 確かに、宝石そのものをお守りとして有り難がる風習は各地にある。道ばたで見る怪しげな占い師などはこれ見よがしに水晶玉を飾っていたりするし、逆に持っていると不運が続くといわれるようなものも存在する。

 大地には生きるものを育む力がある。土の中で作られる宝石にも、生きる者に影響を与える力が宿っていると考えるのは、まるっきり的外れなものでもないのだろう。

「アヌダの巫女が使う法具にも、青い石が使われていますよね。なら、同じ種類の宝石ならユカさんの扱う法術とも相性がいいんじゃないかと思って、リノさんに相談してみたんですよ。いくらか手持ちもあるようでしたし、安く仕入れられるようなあてもご存じなんじゃないかと思って」

「『相談』って便利な言葉だよねぇ」

 どうやって話を持ちかけられたのか、微笑むエレムにリノはどこか乾いた笑い声を上げた。

「こっちの兄さんは、グランの兄さんと別な意味でおっかないよ」

「人聞きの悪いこと言わないでください、僕らがリノさんの“おかげ”でどんな危険な目にあったか、それに対してリノさんがどういった行動をとればこちらの気がいくらか宥められるかを、実際的な例を挙げて提案しただけです」

「こいつに金がらみの交渉ごとで勝てた奴なんか見たことねぇよ」

 なにがあったのかをおぼろに察して、グランは苦笑いを見せた。エレムは心外そうに、

「それに僕は、値が張るようなものを無理にとは言ってませんからね。正式な法衣ではないですから、あの年頃のお嬢さんが着るのにちょっと気分が明るくなる程度の飾りがついていれば良さそうですねって相談しただけです。石が法術の作用に影響するかも知れないとはいっても、まだまだはっきりとは判っていないんですから」

「なんだ、気休めか」

「そういったら身も蓋もないですけど」

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