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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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69.空の道、水の路<5/5>

 つぶしたまんじゅうのような丸い頭と細い尾を持つ、平べったい体。透明なオオサンショウウオが集団で陸に這い上がり、全員の足下をぞろぞろ駆け抜ける。

「この子たちが、蜘蛛たちが捨てた岩を、こんな感じで一気に運んだのですの」

 ユカは足下を這い回るオオサンショウウオたちを心底愛でるように眺めながら、近くに転がる大岩を指し示した。オオサンショウウオたちはグランの足下をぞろぞろ駆け抜け、大岩の周囲に集まると、その下に体を潜り込ませて、苦もなく大岩を背負い込んだ。

 オオサンショウウオたちは、団子のように身を寄せながら、涼しい顔で背負った岩を荷馬車二つ分ほどの距離を移動させてしまった。いや、全体が水でできているから、顔など判らないのだが。

「でも、連れて帰ってくるのは大変だから、岩を運んだ先で術を解いたのですの。どうせ水なのですの」

 言っているそばから、オオサンショウウオたちは姿を解かれ、ただの水の塊になってその場ではじけてしまった。水はいくらか岩の底を濡らし、残りは地面の上に広がって、低いところに流れ広がっていく。

「な、なるほど……」

 さすがに驚いたらしく、オオサンショウウオたちが足下を通るのを目を丸くして見守っていたルスティナは、妙に感心した様子で頷いた。

「少々心臓に悪いが、これなら一晩で街道をふさぐのも苦ではなさそうだ。古代の道具を用いているとはいえ、アヌダ神の力も大きな可能性を秘めているようであるな」

 いくらか呼吸を整える仕草をしながらそう言うと、ルスティナは、引きつった顔でつま先立ちをしたまま地面を眺めているグラン……と、その頭を抱え込むように背中にしがみついているキルシェに目を向けた。微笑ましそうな、少し困ったような笑顔で。

「キルシェ殿は、ああした形の生き物はあまり得意ではないようであるな」

「ていうかなんで皓月将軍と巫女さんは平気なのよう」

「いいからさっさと降りろ! 離れろ!」

「そろそろおいらも降ろしてくれないかなぁ」



 エレムとヘイディアが、新たな湧水地の近くまでたどり着いたのは、太陽がだいぶ傾き、そろそろ夕刻の色合いになろうかという頃だった。

 崩れた北の斜面に現れた新しい水源は、窪地に新しい池を作り、そこからあふれた水が更にふもとの社のそばにある遊水池に流れ出そうとしていた。遊水池があふれると、町の一部も浸水しかねない。そのため、新しい水源から下流に当たる一帯は、急ごしらえの堰を設けると同時に、別方向に水を逃がすための簡易的な水路を通巣ための作業が必要になった。町の者だけではなく、ルキルアとエルディエルの兵士達も多くかり出されて大わらわのようだ。

 その一方で、

「ほらほら、少しでももうけが欲しかったらきびきび働くのですの」

「わき水って結構冷たいんだけどなぁ」

 岸に立つユカにけしかけられ、ズボンを膝までたくし上げたリノが、情けない声でぼやきながら新しく出来た川の中を探っている。腰にぶら下げた網袋には、岩場の隙間から水と一緒に流れ出てきた水晶玉がいくつか放り込まれていた。

 ルスティナは様子を見にやってきた町の者や、オルクェルの配下の兵士達を相手になにやら話をしている。きっとこの新しい水源はアヌダ神が云々と、もっともらしく説明しているのだろう。グランはと言えば、あまりにも短時間で色々なことが起きすぎて、ぐったりとした思いで近くの木にもたれて座り込んでいた。

 働かされるリノの近くでは、新たに形を与えられたチュイナが気持ちよさそうに泳いでいる。そのチュイナが、なにかに気づいた様子で水源の近くの木立に顔を向けた。岸でリノをどやしていたユカも、その視線を追うように目を向ける。

「あ、ご無事だったのですのー、よかったのですの!」

 木立の間の獣道からいつも通りの淡々とした顔で歩いてきたヘイディアが、明るい顔で両手を振るユカに気づいて、心持ち表情を緩めたようだった。その後ろから、どこかかおぼつかない足取りのエレムも現れる。

 このまま戻る気配がなかったら、夜になる前に町の者らと協力して山中を探しに行かなければいけないかと思っていた所だった。少し離れた木陰に座って様子を眺めていたグランも、やっと立ち上がった。

 聞けば二人ともそれぞれ、“娘”に抱えられて地底湖を脱出した後、グランと同じように近くの山中に降ろされたらしい。

「このあたりで皆さんが集まっていらっしゃるようなのは風で気づいていたのですが、もうおひとかたが、山中に降ろされた後も動く気配がなかったので、様子を見に行っておりました」

「面目ありません……」

「また気絶でもしてたのか?」

“娘”に抱えられてあの高さまで飛び上がったのだから、無理もないかも知れないが。多少あきれた様子のグランに、

「いえ、意識はきちんとあって、私が見つけたときもしっかり立っておられましたが、心ここにあらずといったご様子でした」

「へぇ?」

「あ、あの、いろいろなことが続いてさすがにびっくりしただけです。もう、大丈夫です」

 そうはいうものの、エレムの様子はどうにも上の空だ。といっても、浮かれていたりそわそわしたりしている感じではなく、どうにも不可解そうな顔で首を傾げ、時折自分の唇に触れている。しばらくエレムの様子を見ていたグランは、何食わぬ顔で自分の口元を指差し、

「エレム、口に土がついてるぞ?」

「え? ええ?!」

 慌てて法衣の裾で口元をこすり、その裾にまったく土汚れがつかないことに気づいたらしい。にやにやしているグランをむっとした様子でにらみつける。

 どうやらエレムも、自分を運んだ“娘”から、グランがされたのと同じ目にあわされたらしい。エレムをからかって多少気分はすっとしたが、“娘”たちの行為の真意が今ひとつ判らない。あれらにも、人間に対する好意から口づけるという習慣があるのだろうか? そもそも『イデンシ』とはなんなのだろう?

「そういえば」

 それまで黙って二人の様子を眺めていたヘイディアが、ふと思いついたように口を開いた。 

「……新しい女王蟻が、羽蟻を引き連れて元の巣から飛び立つのを、研究者は“結婚飛行”と呼ぶそうですよ。新しい女王蟻は空の上で、夫となる者を選ぶのだそうです」

「へ?」

 そういえば、“娘”たちは、グランとエレムをずっと『旦那サマ』と呼んでいた。ヘイディアのことは“風の操り手”と呼んでいたのに、だ。

 あれは単に、訪問者に対するただの呼称だと思っていたのだが、また別の含みがあったのだろうか。いやしかし、そうだとしても、空の上のあれだけのことで結婚とはいくら何でも乱暴ではないか。

 微妙な顔で目を見合わせたグランとエレムを、ヘイディアは少しの間見比べると、

「お二人は、古代人の遺産に関して、まだまだ多くのことをご存じでいらっしゃるようですね」

 そう言って、今までより少しだけうまくなった笑顔を見せた。


<究極の歩兵と水鏡の巫女・了>

お読み頂きありがとうございます。

次更新で参考資料を掲載した後、次章準備のために少しお時間を頂きます。

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