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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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68.空の道、水の路<4/5>

「お前が言うなよ」

「だって、あたしはともかく、グランがやるとしゃれにならないんだもの。ほら、かわいい巫女さんが引いてるわよ」

 指をさす先を見てみれば、ほほえましそうに見守るルスティナの陰に隠れ、こわごわとユカがこちらを伺っている。

「あれあれ? 不思議な剣も持ってるし、ああ見えて実は本物の勇者様なのかと思ったけど、やっぱりただのガラの悪い傭兵っぽいのですの?」

「だからお前は心の声を口からだだ漏らすのはやめろ」

「あっ、独り言の癖がついなのですの」

 てへぺろ、と自分の頭を小突く謎の仕草をしてみせると、ユカは気を取り直したように、

「それに、魔力の大本の力が消えて、その人が地下から持ってきた石はみんな、ただの水晶玉になったみたいなのですの? それを没収するくらいで許してあげたらよいのですの?」

「ええ? 全部もってくとか巫女さん実は鬼?!」

「かわいい女の子に向かって鬼とかなんですのー!」

「痛い痛い顔が伸びちゃうやめてやめて」

 頬をつねり上げられて、リノは情けない悲鳴を上げている。

 その足下、というか頭の下の地面に置かれた荷物袋の口を開け、グランは中をのぞき見た。

 アリグモから奪ったものらしい石はみな、独特の赤い輝きを失って、今はただの丸い水晶玉になっていた。どれも透明度が高く、ほぼ完全な球体で、それなりに大きさもあるから、宝石として見てもかなり値はつきそうだ。

 だがもう、『魔道具』と呼べるものではなさそうだった。

 なんだか気が削げてしまい、グランはため息をついた。もし魔力を宿したものが残っていたら、地底湖での現象が再現できるか試せたかも知れないが、これではもう無理だろう。

「そういや、エレムとヘイディアはどうなったんだ?」

「ああ……」

 言いながら空を仰いだグランに釣られるように、ほかの者らも視線を空に移した。

 輝く蝶達を伴うように飛び立った羽蟻たちはもう影も形もなく、山なみの上の青空には綿花のような白い雲がぽつぽつと並んで浮かんでいる。

「大丈夫じゃなぁい? さっきから山からのとは違う動きの風が流れてきてるから、ルアルグの神官さんはこっちに気づいてるんじゃないかしら」

 キルシェはぶら下がったリノの頬をつまんで両側に引っ張りながら、

「それに、あの“”たちが大事な『旦那サマ』を地の底に置いて来るわけがなさそうだしぃ」

 思わずグランがぎくりと見返すと、キルシェは意味ありげにくすりと笑みを見せた。いや、さすがに空の上でのことは見られていないはずだと、グランはすぐに気を取り直し、崩れた山肌に目を向けた。

 地底湖の北側は、蜘蛛たちが占拠していた部分だ。もともと新しい水路として蟻たちが山肌まで穴を開ける予定だった場所だが、母蜘蛛が通路を砕きながらリノやグラン達を追っていたおかげで、巣穴を維持する魔力が切れた後の崩壊が大きくなったのだろう。怪我の功名と言えば言える。

「こ、これが山頂の泉に変わる新しい水源になるなら、お前ももう山にこもらなくていいんじゃねぇの?」

「あ、そうなのですの! わたしたち、途中で降りてきちゃったからはっきり見てないのですけど、山頂の泉はもう底が抜けちゃってるのですの?」

 実際、その下に通じていた穴から自分たちは飛び出してきたから、山頂の社や庭園はともかく、泉の周辺は崩れて近寄れない状態だろう。山頂の泉の底自体が転移の法円だったのだから、それがなくなれば、山頂に水が湧き出すことは二度とない。

 それに、アヌダの社とは無関係の場所に水源が確保された以上、巫女が山頂で定期的に祈りを捧げる必要はもうないと、誰の目にも明らかだ。

「あとは、『水脈を妨げるものを排除する儀式は成功した』と町の者たちに納得させられれば、万事丸く収まりそうであるな」

「そうですの、なんだか予想と違ったけど、ものすごい速さで解決したみたいで助かったのですの!」

「だったら、もう街道をふさいでおく理由もないよな」

 グランの言葉で、全員の視線が集まったのに気づいて、ユカは少し恥ずかしそうに身をすくめた。

「あの“女王”の話だと、岩をあそこに積み上げたのはあんたらしいよな? てことは、片付けるもできるんだろ?」

「はい、できるのですの」

 ユカはあっさりと頷いた。

「でも、昼間だと誰かに見られたらまずいのですの、夜中に片付けるのですの」

「それがよいだろう」

 ルスティナが頷く。

「だが、短時間にどうやってあれだけの岩を運んだのかは興味があるな。差し支えなければ教えてもらえぬだろうか」

「あ、あたしも知りたいー。古代施設の転移の法円を応用しても、あれだけの量の岩を一気に移動させるのは難しいわよね」

「うんうん、おいらも知りたい」

「しれっと混ざるんじゃない」

「兄さん目が怖いよう」

「そこまで言われたらしょうがないのですの」

 ユカはまんざらでもなさそうに胸を張ると、胸元の法具に手を触れた。

「水って言うのは、とっても力持ちなのですの。ほら、見てくださいですの」

 ユカに促され、全員が窪地にたまった水面に目を向ける。

 同時に、岩場から湧きだし、さらさらと流れていた水の表面が、不自然にぼこんと大きく盛り上がった。それも、ひとつやふたつではない。

「え、えええ?!」

 珍しく、キルシェが口元を押さえて大きな声を上げた。同時に、背中に柔らかいものが飛びついた感触があったが、グランもそれどころではなかった。

 こどもの頭ほどの大きさに盛り上がったいくつもの水の塊は、そのまま丸みを帯びた平べったい生き物の形を作って、ぞろぞろ水の中から這い出してきた。

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