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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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65.空の道、水の路<1/5>

 母蜘蛛についてグランたちを追いかけてきたアリグモたちと、それに向かって地底湖の底まで押し寄せてきた蟻たちの多くは今は“壊れ”て、大小の岩塊と姿を変えている。それらが積み重なってできた岩山の先には、壁際が崩れたことで大きく斜めに傾いだ橋桁に飛び移れそうだった。

 ほかのものの下敷きになりながらもまだ動こうとするアリグモの頭を踏みつぶし、遅れて橋桁を渡ってきたアリグモを容赦なく剣で叩き壊して、グランはすぐ近くのまだ無事な橋桁に飛び移った。

 地底湖の中央付近では、この状況でもまだ、湖面から現れる蝶に飛びついて落ちていく蟻もあれば、さなぎをくわえて無事な橋桁をうろうろしている蟻もある。やはりあれらに感情や思考はなく、ただ設計されたとおりに動いているだけなのだろう。

 光の柱の根元となる中央の島に、たどり着いて驚いた。島と周囲の橋桁を含む一帯を、集まってきた蟻たちがぎっしり固めているのだ。それも、蟻たちは島によじ登ろうとしているのではない。集まって島の麓を固めることで、裾を広げ、少しでも“娘”たちやグランたちの足場を確保しようとしているようだった。

 そしてその上では、体の大きな羽蟻や、“女王”の部屋にいたほかの“娘”たちが、島のより高見に向かってよじのぼり、羽を震わせている。

 この状況では、羽蟻はともかく、小さな蟻たちを踏まないわけにはいかない。しかし『壊れていない』蟻たちは思ったより頑丈で、頭や胸を踏み抜きさえしなければ十分足場として持ちこたえられそうだった。

「つーか、ここまで来たのはいいんだが」

 無我夢中で島までたどり着き、自分が立っていられるぎりぎりの角度の高さまでよじ登ったグランは、次にどうすればいいのか思いつかず、思わず来た道を振り返った。

 北側以外の壁までもが次々と崩落を始め、橋桁は半数以上が既に崩落している。星空のように美しかった地底湖の光は薄れ、灰色の雲の向こうでぼんやりまたたいている程度の光源しかもたらさなくなっている。その分、周囲を天に向けて伸びる光の柱と、ひらひら舞う蝶たちが鮮やかに浮き上がる。

 エレムとヘイディアは、グランより少し低い場所で、いまだに追いすがってくるアリグモたちを蹴散らしている。二人とも、もう後がないだけに遠慮もない。足場を作っていない蟻たちも、寄ってくるアリグモたちに群がり、のしかかり、あるいは一緒になって湖面へと落ちていく。

 すぐそばで、大きな振動が起きた。壁際が崩落し傾いでいた橋桁の一つが、水に濡れて形を崩し、島の近くでぽきりと折れたようだった。轟音と一緒に波が立ち上り、蟻たちが作っていた足場が一部、震動に耐えかねて水面に崩れ落ちていく

「グランさん、なんとかなりませんか?!」

「なんとかって……」

 さっきは母蜘蛛の真正面だったから、勢いに任せて振り回せたが、今は真上である。刃を槍のように投げるにしろ、突き上げるにしろ相当な力が必要だろうし、なにより距離が足りなすぎる。

 いや、なにもしないでただ考えていても仕方ない。グランは頭を振って、左手に持った蜘蛛の『卵』を剣の柄に――柄でほの青く輝く月長石に押し当てた。

 手に持っていたときは確かに固い、水晶の結晶のようだったのに、月長石に触れた部分から、『卵』は光そのもののように月長石の中に吸い込まれていった。

 すべてを飲み込んだ月長石は、内側から赤い光を放ち始めた。

 太陽のようで、もっと身近な赤だ。地の底から吹き出す、灼けた鉄のように赤黒い、力と熱を感じさせる輝きだ。

 同時に、剣身が根元から、赤い光に覆われ始めた。

 地の底からわき上がり、すべてを吹き飛ばして周囲を焼いていく、それは溶岩の輝きだった。

「そうか、火山も地の力なのか……」

 今までの戸惑いが嘘のように消え去って、グランは脈打つように赤く輝く剣身から天頂に目を向けた。光の柱の先、漏斗を逆さにしたような形の天井は、その先にでぐちがあることを示している。火を吹き上げる前の火山の内部も、あるいはこうなっているのかも知れない。

 剣身を覆い、長さを倍以上に伸ばした赤い光は、それだけでは足りないとばかりに、剣身の周囲を蛇のように取り巻き始めた。炎に似た光が雷撃のようにはじけ、島の周辺を明るく照らす。壁からの光が弱まって薄暗くなった地底湖の湖面まで、赤く鮮やかに染めている。

 グランは自分より少し下の位置に立つ、ヘイディアとエレムに目を向けた。二人は周囲に気を配りながらも、できることがあるならすぐ手助けできるように、グランの動きに注意を払っている。ヘイディアの髪の中に隠れていたチュイナが、自分も仲間だと言わんばかりにヘイディアの肩に姿を現して、グランを見返した。

 ユカはチュイナの見ているものを自分でも見ることができるから、山頂にいるはずのルスティナとユカにも状況は伝わっているだろう。グランは改めて天頂に伸びる光の柱の先へと目を向け、大きく息を吸い込んだ。

「――ぶっ壊せ!」

 グランは叫びながら、剣を持った右腕を天頂に向かって突き上げた。

 放たれるのを許された炎は、竜のように咆哮を上げながら、天頂に向かって舞い上がった。光の柱の中を飛び交う水の蝶が巻き込まれ、白い光に形を変えて蒸発するように消えていく。

 巨大な炎の竜が、漏斗状にすぼまった天頂に吸い込まれた、直後。

 地底湖全体を揺らす震動と、頭上を揺るがす轟音。湖面が大きく波打ち、島を固めていた蟻たちが波にさらわれてこぼれ落ちる。

 大きく割れた天から、鮮やかな青い空と昼の光が見えた――と思ったのもつかの間、

 破れた天頂部分は大小の岩塊に姿を変え、その下に広がる地底湖へ――地底湖の中央の島に立つ人間達と人間以外のものに向かって落下を始めた。

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