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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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64.究極の歩兵と地底湖の守護者<6/6>

 いや、母蜘蛛に破壊されていた北側部分が先に崩落しただけで、それまで形を保っていた壁面全体が、削げるように徐々に崩落を始めたのだ。

 そしてそれが合図でもあったかのように、地底湖の壁で瞬いていた星のような淡い光が、薄雲に覆われていくように光を弱め始めた。

「グランバッシュ殿、エレム殿!」

 自分の周りのアリグモたちを大きく砕き飛ばすと、錫杖の先を巻いていた風を納め、ヘイディアが駆け寄ってきた。

「この地一帯を覆っていた力の気配が急速に弱まってます。一体、なにが起きたのですか?!」

「なにって……」

 言いながら、金の王冠を頭に乗せて横たわる“女王”だったものに目を向けて、グランは口元をひきつらせた。

「“女王”に『巣を守る力を託す』って言われたんだ……あの王冠の石……」

「それってまさか……」

 埋め込まれていた宝石を失い、正面に大きくくぼみを見せる“女王”の王冠に目を向け、エレムもぎこちなく口を動かす。

「『この巣全体を維持する力』ってことでは……?」

 言っているそばから、今度は西側、女王達の部屋がある方の通路の奥から、何かが崩れるような音が聞こえてきた。奥から追い立てられるようにわらわらと蟻たちが現れ、あるものはアリグモたちの姿を見つけて底に向かって橋桁から滑り降り、あるものは白いさなぎや子蟻をくわえて、まだ岩の崩れていない場所を探して別の通路に潜り込んでいく。

「“女王”ノ終わりハ、巣の終わりデス」

 手近に寄ってきたたアリグモの体を割り砕き、投げ飛ばしながら、ニバンが言う。

「“女王”ノいない巣は、痕跡ヲ残シテはならないのデス。巣の壁ヲ強めてイタ力が切れレバ、巣穴は崩れ、ここハ地下水脈の中のただの地底湖にナリます」

「なりますって、そしたらここにいる奴らはみんな」

「壊レたり、魔力が失わレタ後は、皆そのまま土二戻りマス」

 その言葉が聞こえてでもいるかのように、今度は壁の崩落に巻き込まれた北側の橋桁の一つが端から形を崩し始めた。その上で群がっていたアリグモと蟻たちが、傾いだ橋桁から転げるように水面に落ちていく。落ちた橋桁が水面を揺らし、大きな波を立て、浅瀬の波打ち際で押し合っていたアリグモと蟻たちも水に濡れて形を崩していく。

 たまらずグラン達も、波を避けて更に壁際に退いた。北側の橋桁が崩れたことで連鎖するように、中央の島から放射状に伸びた橋桁が次々ときしみ、傾いでいく。

「何悠長なこと言ってんだよ、そしたら俺たち、ここにいたらまずいんじゃないか?!」

「ヘイディアさん、道を探ることはできますか?!」

 浅瀬が狭まったことで、逆に通り道の限られたアリグモたちが、壊れて土塊になった仲間たちの上をよじ登るように未だにこちらに向かってくる。それらを手当たり次第剣で叩き壊しながら、エレムが声を上げた。ヘイディアも、群がる蟻をかいくぐって反対側から来るアリグモを錫杖で叩き退けながら首を振る。

「風に動きがあるので全く密閉された空間ではありませんが、出口にたどり着くまでに通路が持つかどうか。既に巣穴の通路のいくつかは崩落でふさがっているようです」

「だからって黙ってここにいたって……」

「旦那サマ、天を割ッテくだサイ」

 エレムの横で、やって来る蜘蛛を腹で張り倒し、イチバンが言った。

「道ヲ空へツナゲてくだサイ」 

「道を、空に?」

 イチバンの視線は、地底湖の中央の小島と、その小島から伸びた光の柱の先にある、逆さにした漏斗のようにすぼんだ天井に向けられている。この騒ぎの中でも、光の蝶は湖面の中央から浮かび上がり、光の柱に吸い寄せられるように飛び上がって、天頂に消えていく。

 あの上には、山頂の泉があるはずだ。

「いや、天を割るって……」

 イチバンもニバンも、ごく当然のように言っているが、この地の底からどうやって天井に穴を開けろというのだ。仮にできたとしても、翅がある“娘”達なら、通れるだけの穴が開けば空へ飛び立つことができるのだろうが、自分たちにはもちろん無理だ。

「グランバッシュ殿、もしかしたら」

 蟻たちの隙間をかいくぐって寄ってくるアリグモの頭を錫杖で砕きながら、ヘイディアは左腕に抱えたままだったもの差しだした。

「先ほどと同じ方法で、これが使えるのではありませんか」

 七角の紡錘形の水晶の中に、赤黒い光を宿した“卵”。反射的に受け取ってしまい、グランは思わず、手の中のそれと、波打ち際に取り残された“女王”だったものの体を見比べた。

“女王”の体は波に洗われ既に形を崩し始め、岩塊と化しつつある頭の上に残された金の王冠だけが淡く輝いている。

 確かに、“女王”の王冠の石が光の刃を生み出したのなら、蜘蛛の巣の中心となるこの石にも、似たような働きがあるのかも知れない。

 知れないが、どうすりゃいいのだ。

「旦那サマ、橋ガつながッテいるウチに、中央ノ島へ早く」

 崩落の音がそこかしこで響き、地底湖の壁面の光もかなり弱まっている。すべての橋桁が崩れるのも時間の問題だろう。このままここにいては、壁や橋桁の崩落で水位の上がった地底湖に飲み込まれかねない。

 天頂に穴を開けたところで、自分たちはすぐには上がれないが、横に逃げ道を探しているだけでは崩落に巻き込まれる危険の方が高くなる。天井に大穴を開ければ、とりあえず崩れてくるものはなくなるのだから、後のことは後で考えるよりなさそうだ。

 周囲に目を走らせると、すぐそばに、壁際が崩落して斜めに傾いだものの、壊れた蟻とアリグモたちが積み上がった岩山を伝っていけば、飛び移れそうな橋桁がある。

「……島まで行くぞ、全員走れ!」

 こうなったら、やるだけやってみるしかない。グランは左腕に“卵”を抱え、右手に剣の柄を握ったまま、邪魔なアリグモたちを文字通り蹴散らすように走り出した。

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