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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
248/622

63.究極の歩兵と地底湖の守護者<5/6>

“女王”の手で輝いていた魔力石は、グランの柄に埋め込まれた月長石に触れたとたん、吸い込まれるように溶け込んでいった。

 すべてを飲み込んだ月長石が、その内側から鮮やかに茶色い光の筋を放つ。それと同時に、柄からわき上がった黄金色の光が、剣身を覆いながらみるみるうちに先端へと広がっていくのだ。

 その一方で、月長石は表面に黒い縞模様を浮かせた茶色い光を帯び始め、剣身がすべて黄金色の光で飲み込まれたときには、月長石の周囲に白い光の粒が輪を作って取り巻いていた。

 それは、外側に白い輪を従えるという、巨大な惑星の姿にも思えた。

「これは……」

の巣を守る力を、あなたに託します」

 剣身が放つ鮮やかな黄金の光が、一人と一体の顔を明るく照らす。

「『寄り添いし者』と共にありし御方よ、どうぞ道を開き、こども達を空へ――」

“女王”が言い終えないうちに、すぐ近くで大きな音が響いた。

 大きく欠けた腹のせいで均衡バランスを失いながらも、身を起こそうとしている母蜘蛛が振り回した鎌が放った衝撃波が、横たわる“女王”の腹を大きく砕いたのだ。

 思わず身をかがめたグランの頭上を、砕けた岩塊のかけらが飛び去った。腹の下半分が体から削り飛ばされ、削られた部分からこぼれる光も徐々に弱まって、女王の目から急速に光が失われていく。大きくひび割れた胸の魔力石も、もはやただの無機質な茶色い石と化していた。

 起き上がろうとする母蜘蛛の体には、多くの蟻たちがとりついていた。蟻たちの中には、蜘蛛の鎌に触れて壊れ崩れるもの、起き上がろうと向きを変えた大蜘蛛の体に押しつぶされて壊れてしまうものもいるが、まったく怯む様子はない。

 一方で、母蜘蛛は煩わしそうに体を揺すりながら、のそりと起き上がった。“女王”から受けた傷と、腕や脚にとりつく蟻たちのせいでか、動きはさっきよりも緩慢としている。

「……ったく、どいつもこいつも面倒ごとばっかり俺に押しつけやがって」

 グランは、自分の手に添えられた“女王”の手を静かに外し、吐き捨てるように呟きながら立ち上がった。言葉とは裏腹に、グランの剣を取り巻く黄金色の光はいっそう強まりながら、その丈と幅を伸ばしていく。蜘蛛が持つのが赤黒い光の鎌なら、グランの剣は今や、光の大太刀のようだった。

「グランさん、それ……」

「ちょっと下がってろ」

 鎌を振り回す母蜘蛛に手が出せず、逆に蟻たちの追撃から逃れて追いすがってくるアリグモたちの相手に手間取っていたエレムが、グランの言葉に慌てて母蜘蛛から距離をとる。

 立ち上がった母蜘蛛は、群がる蟻たちをふるい落とすと、真正面に向き合うグランに向けて四本の鎌を振り上げた。腕よりも巨大な鎌のせいで、ただでさえ大きな母蜘蛛の体がよりいっそう大きく見える。

 グランは構わず、自分の背丈よりも剣身を伸ばした剣の柄を両手で持ちながら駆けだした。

 咆哮を上げるように顎を大きく開き、母蜘蛛が両前肢の鎌を振り下ろした。赤黒い光と共に生み出された衝撃波が、走るグランに向かって放たれる。

 グランは走りながら、左から右へと剣を横に薙いだ。

 本来ならグランの間合いの外にあったはずの光の鎌は、大きく伸びた光の剣身に造作なくたたき壊され、放たれた衝撃波も跳ね返されて母蜘蛛の足下に炸裂した。衝撃波は母蜘蛛の細い後肢に直撃し、節の先が砕け飛んだ。母蜘蛛は均衡バランスを崩し、無事な脚で体を支えるのも間に合わずに、横に倒れ込んだ。

 自分の目線まで降りてきた母蜘蛛の頭に向けて、グランは光の太刀を振り上げ、振り下ろした。

 黄金色の刃は、振り下ろされながら更に長さを伸ばし、両断した蜘蛛の体の更に後ろ、地底湖の壁面までをも大きく切り裂いた。

 一瞬動きを凍り付かせた母蜘蛛は、自分の身に何が起きたのか判らない様子で、まだ無事な方の鎌を振り上げようとした。

 同時に、大蜘蛛の胸で輝く魔力石が、体ごと、左右にずれた。

 光の鎌は急速に輝きを失っていく。同時に、母蜘蛛の体は切断されたただの岩の塊の集まりとなって、土塊となった四肢ならぬ八肢の上に崩れ落ちる。

 その傍らに、両断されて魔力を失った魔力石がぼとりと落ちた。

「……い、今のって……」

「“女王”の王冠の石をもらったこうなった」

 グランは手に持った剣を確認するように体の前でかざしながら、エレムに答えた。

 それまで剣身を覆っていた光はすっかり失われ、さっきまで白い輪をまとって茶色く輝いていた月長石は、もういつも通り、青みを帯びた乳白色に戻っている。

 エレムは母蜘蛛“だった”岩の塊に近づくと、おそるおそる、両断された魔石を拾い上げた。

「ただの……丸い宝石ですね。赤い……水晶にしか見えません」

「つーかさ」

 グランは剣を持ったまま、ぐるりと辺りを見回した。

「なんでこのでかいのをやっつけたのに、蜘蛛あいつらは相変わらずここに集まってこようとするんだ?」

 ヘイディアと“娘”達だけではない、今や蟻たちの参戦で、集まってくるアリグモたちの数は当初よりかなり減ってはいるのだが、それでも通路の奥からは相変わらずアリグモたちがこちらに向かって現れる。遠くの場所で活動していたものが遅れてやって来ているのだろうが、これではきりがない。

「ひょっとして、最後の命令がまだ有効だからとか……」

「命令って、だって母蜘蛛はもうこんななんだぞ?」

「だから、『もうやめろ』って命令をされないと、いつまでも同じことを繰り返すんじゃ……」

 言いかけたエレムの言葉を遮るように、遠くから大きな音が聞こえてきた。

 何かがつぶれ崩れるような音と共に、蜘蛛達の拠点に続く北側の通路の入り口が、白い土煙を上げている。

「な……」

 なんだ、と言おうとする前に、いきなり、地底湖の北側の壁が大きく吹き飛んだ。

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