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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
244/622

59.究極の歩兵と地底湖の守護者<1/6>

 リノは小柄で軽装備だが、左腕には楕円形の“卵”――赤黒い魔力石を抱え、腰には採掘に使うらしい道具を納めた革袋にロープの束をぶら下げて、しかも背中に人の頭ほどに膨らんだ荷物袋を背負っている。グランはエレムとヘイディアを追い越し、リノの横を走りながら怒鳴りつけた。

「な、何やってんだお前!」

「兄さん脚速いねぇ、『漆黒の刃』の異名も伊達じゃないね」

「なんでそんなの知ってうぉあ!」

 緋だか黄だかの盗賊に勝手につけられた二つ名を口にされた動揺からか、避け損ねた床の穴に足を取られかけてグランは必死で体制を整えた。リノは走りながらも人なつっこい笑顔を絶やさない。

「なんでもいいから何やってたか説明しろ!」

「話せば長くなるんだけどー?」

「手短にだ!」

「兄さんはせっかちだなぁ。おいら、お宝の匂いがしたから潜り込んで集めてただけだよ。蜘蛛とか蟻の持ってる魔力石って、一部じゃすっごい高値で売れるんだ」

 リノは背中の荷物袋を顎で示しながら、嬉しそうに白い歯を見せた。走るたびにごつごつ音がするのだが、ひょっとしてこれには蜘蛛たちの胸についていた石が詰まっているのだろうか。

「蟻と違って、蜘蛛は勝手にぶらぶらしてるから、“壊し”易いんだよね。魔力石もだいぶもらえたし、そろそろ退散しようと思ってたところに、地底湖の底に兄さん達が現れるじゃない。びっくりしたよもう。それで後をついていったら、なんか蜘蛛の“卵”を壊しちゃうような話をしてるしさ。壊しちゃうなら、おいらがもらって役に立てようかと思って、なんとか繭を破って取り出したんだけど、あの母蜘蛛がしつこくってさー」

「じゃ、じゃあリノさんは、“大蟻”たちが本当にいるって知ってたんですか!」

 後ろに追いついてきたエレムが声を張り上げる。

「うん、街道をふさいでる岩を見て、これは必ず近くに巣穴があるなぁって思ってね。なんであんなとこに岩が積まれてたかは判んないけど、周りを探したら、山の南側に穴をふさいだ跡があったから、そこを掘り返して中に入ってきたんだ」

「なんてことしてくれるんだよ! 今は様子を見て、これからどうするか考えるつもりだったんだぞ!」

「でも最終的には母蜘蛛を退治しなきゃいけなかったんでしょ。ちょっと予定が早まっただけだと思えばいいじゃない、なにごとも結果が大事だよ」

「まだ結果出てねぇだろ!」

 話している間も、母蜘蛛は通路を砕きながら彼らの後を追いかけてくる。しかも、最初は母蜘蛛一匹だけだったのに、怒りに呼応でもしたのか、少し遅れてほかのアリグモたちがぞろぞろ集まりながら追いかけてきているのだ。

「あんなでかいのどうすりゃいいんだよ! おまえ、何か手があるのか?」

「いやぁ、あれはおいらにはとても無理」

 走っている間に、前から流れてくる風が湿り気を帯びてきた。このままでは地底湖に出てしまう。

「こいつはあきらめて、後は兄さん達に任せるよ、よろしくね」

 リノは抱えていた魔力石をエレムに向かって放り投げた。反射的に受け取ってしまったエレムは、

「ええっ、任せるって、どうすればいいんですか!」

「だーいじょうぶ、あの母蜘蛛もほかの蟻や蜘蛛と同じで、胸の魔力石を壊せば動かなくなるよ」

 言いながらリノは、自由になった右手で腰につけたロープの束を手に取った。先端には人の手をすぼめたような形の鈎がついている。リノは走りながら、その鈎を重しにしてロープの先をぐるぐる振り回し始めた。

 通路の先には、地底湖とその上にかかる橋が見える。

「おいらには無理だけど、兄さん達ならきっとできる! 根拠はないけど!」

「何言ってんだ、っておい!」

 リノはいきなり速度を上げると、真っ先に地底湖を望む橋の上に躍り出た。同時に、慣れた手つきで鈎を斜め上に向けて放り投げる。

 空中でかぎ爪のように広がった鈎は、吸い付くように壁に食い込んだ。どういう仕組みなのか、ロープはいったんピンと張ったあと、リノの体を勢いよく引っぱりあげた。

「がんばってねー」

「てめぇ汚ねぇぞ!」

 叫びながらグランから通路から橋の上に飛び出した時には、リノはロープを振り子のように使い、蜘蛛たちがさっき岩を捨てていた穴に飛び移ってしまっていた。壁に食い込んでいた鈎が外れ、するすると回収されているが、もうそんなものを目で追いかけている余裕はない。

「ど、どうします? まっすぐ行ったら母蜘蛛まであの島についてきちゃいますよ!」

 母蜘蛛が両手というか前四肢に持ったあの光の鎌は、振り回しただけで間合いよりも遠くのものを粉々にしてしまう。このまままっすぐ駆けていったら、水から生まれる蝶を押さえ込んでいるという島だけではない、作業している蟻たちもひとたまりも無い。

 いや、それ以前に橋の上であの母蜘蛛に暴れられたら、橋桁のない土の橋などすぐに崩されてしまうだろう。浅瀬になった淵部分ならともかく、流れのある地底湖の中央部がどれだけの深さなのかは推測がつかない。

 グランは息を弾ませながら振り返った。リノとの会話に気をとられて目を配っていられなかったが、ヘイディアと“娘”達もすぐ後ろをついてきている。母蜘蛛は大きな体で通るために、通路自体を砕き開きながら追いかけてくるから、今のところかなり距離は稼げているが、立ち止まって長く考えているほどの余裕はない。

 グランは素早く周囲に目を向けた。地底湖の淵は浅瀬になっていて、所々底の土が顔をのぞかせている。

「下だ! お前はそれをちらつかせて、あいつを誘導しろ!」

 グランは地底湖の淵の傾斜を滑るように駆け下り始めた。すぐに意味を飲み込んだヘイディアと”娘”たちが躊躇なく後に続く。

 その間にも、大蜘蛛が通路を砕いて広げる音が地響きのように伝わってくる。ヘイディアと“娘”たちを先に行かせたエレムは、胸の前に“卵”を両手で抱え、引きつった顔で通路に向き直った。

 エレムの持つ“卵”が目に入ったらしく、大蜘蛛の目が強い光を放った。その体の後ろに、無数の小さな赤い光が輝いている。

「な、なんだか後ろからほかのアリグモがいっぱいついてきてまうわっ」

 言っている側から、大蜘蛛の鎌が吹き飛ばした壁のかけらが通路の奥から飛んできた。エレムは首をすくめながらも、見せびらかすように卵を大きく頭の上に掲げた。それを左腕に抱え直しながらグラン達を追って壁際を駆け下り始める。

 その直後。

 通路の出口付近の壁が、大きな音を立てて粉々に砕け飛んだ。

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