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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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58.北の食料庫の主<3/3>

「あいつらが穴を掘ってでてきた岩じゃねぇの?」

「でも、掘り返して出来た岩は、地底湖に捨ててましたよね」

「うーん?」

 よく見れば、所々に落ちている岩の形は、さっきイチバンに返り討ちにあったアリグモの残骸に似ているようにも思える。歩いている途中で“寿命”が来て、壊れてしまったのが、そのまま置いてあるのだろうか。

「この先ガ、彼らノ拠点になっテいる、食料庫跡デございマス」

 グランの考え事は、ニバンの声に遮られた。声が示す先の通路は、今までよりもずっと広くて天井が高く、更にその奥に部屋の入り口がある。光源がよく判らないが、あの中はこちらよりも更に明るいようだ。

「こんなに簡単に、近寄ってしまって大丈夫なんですか?」

「母蜘蛛ハ“卵”に近寄りサエしなけレバ、なにもシテきまセン。壁際から見るダケなら、危険ハありまセン」

「はぁ……」

 気の抜けた声でエレムが頷く。グランも周囲を見渡してみたが、特にアリグモ達が警戒している様子もない。それに今は下見のつもりだから、あまり気負うこともないだろう。

 イチバンも、特にためらう様子はなく、さっさと部屋に入っていく。

 元食料庫という部屋は、“女王”たちのいた部屋と同じくらい広く、高さもあった。壁際にはアリグモたちが集めてきたらしい色とりどりの原石が積み上がり、壁からの光を受けて美しく輝いている。部屋の中心部に平らに原石が敷き詰められているのも、一見“女王”の間と大差ない。

 違うのは、中央に敷き詰められた原石を薄く覆うように、無数の白い糸が膜を張っていることだ。

 蜘蛛が卵を護るために作る繭玉のようだが、大きさはもちろん桁違いだ。人間四・五人が並んで横になれるくらい大きい。その白い糸が自ら光を放っているせいで、この部屋は昼間の空の下のように明るかった。

 その繭玉の中心には、“卵”と呼ばれる、彼らの拠点の核となる魔力石がある……かと思いきや、中央部はなにか大きな爪でかきむしられたかのように破られ、そこだけがなにもない。

 そして、魔力石を護っているはずの母蜘蛛も、姿がなかった。

「“卵”って、……魔力石って、どこですか?」

「ありまセン」

 想定外の事態に対応できないのか、イチバンは短く答えただけで、動きを止めた。人間なら「言葉を失っている」とでも表現するべきなのか。

「……奥に、光が続いているようです」

 黙って周囲を見渡していたヘイディアが、部屋の更に奥を指さした。切れた繭玉の糸が、点々と床に落ち、白い光を放っている。それは、別の部屋につながっているらしい奥の通路に続いていた。

「蜘蛛が、自分で繭を破って奥に持って行ったとか……?」

「僕たちが取りに来るのを察して、避難したってことですか?」

「蜘蛛タチに、設定サレた以上の行動はとれまセン」

 イチバンが淡々と答える。

「考えらレルのハ、何者かガ繭を破り魔力石ヲ持ちだし、ソレを母蜘蛛が追いかけてイクという事態デス」

「何者がって? 俺達以外にも誰かが来てるっていうのか?」

「判りまセン」

 これでは話していても埒があかない。グランは奥の様子を確かめようと、一歩足を踏み出した。それに合わせるように通路の奥から、


 ズン、


 と、重い音が響いた。

 距離は遠いが、振動は確実に足下を伝って感じられた。同時に、遠くで何かが砕ける音も聞こえた気がした。

「な……んだ……?」

 地震が起きたにしては、大きく揺れている感じはない。どちらかというと、なにか大きなものが地団駄を踏んでいるというか、大きく足を振り上げながら歩いているというか……

 異変に気づいたエレムとヘイディアも、揃って通路の奥に目を向ける。一度気がつくと、地響きと、何かが砕け壊れるような音は、急速にこちらに近づいてくるのがはっきり伝わってきた。ヘイディアが風を起こして奥を探ろうと唱えかけた祈りを遮るように、地響きの音に先行して、明らかに人間の足音が通路の奥から響いてきた。小脇に子どもの頭ほどの大きさの楕円形をした、赤黒く輝く大きなものを抱え、通路の奥からものすごい勢いで飛び出してきたのは、

「り、リノ?!」

「あっ、皆さんお揃いで!」

 南方系の顔立ちの小男は、居並ぶグラン達を見て気のいい笑顔を見せた。笑顔を見せたのはいいのだが、“娘”たちを見て驚く様子もなければ、まったく立ち止まる気配もない。中央の繭玉はさすがに避けはしたものの、部屋の最短距離を突っ切ってこちらに向かって駆けてくる。

 リノはそのままグラン達の間をすり抜けて、地底湖へ向かうの通路に駆け込もうとした、その襟首を掴んでグランが強く引っ張った。

「うげっ」

「うげっじゃねぇよ何やってんだよ?」

「ひ、ひどいよ兄さん」

「ひどいよじゃねぇって、お前が持ってるのは何なんだ!」

 変な声を上げてとりあえず止まりはしたものの、リノは襟首を掴まれたまま、その場での足踏みをやめない。

「喋るより先に、みんな回れ右して走って! あいつに潰されちゃうよ!」

「あいつ?」

 言っている間にも、通路の奥から響く地響きは重く大きくなってくる。思わず目を向けると、通路の先で赤く何かが輝いたのが見えた――と同時に、

 通路の天井を壊しながら、“女王”の倍はあろうかという大きさの蜘蛛が、姿を現した。

 形は今まで見てきたアリグモたちと同じだが、あれらが蟻のように装っていたのとは歩き方が違う。触覚を模した二本の前肢と、その次の中肢の先から、それぞれ赤い光が伸びて、まるで四本の巨大な鎌を構えているようだった。あの鎌で、通路の天井まで破壊しながらやってきたのだ。

 蜘蛛が見据えているのは、グラン達の間を通り抜けて今にも別の通路に飛び込もうとするリノの後ろ姿だ。蜘蛛は八つの目を怒りに輝かせながら、前肢を――鎌を振り下ろした。赤い光の鎌は、触れた天井を大きく破壊しただけではなく、間合いの倍以上の距離にまで衝撃波を轟かせた。出入り口近くの壁際に積まれた原石が、壁と一緒に吹き飛んだ。

 あまりのことに、ヘイディアもエレムも口をぽかんと開けたまま硬まっている。

「ほらほら、早く走って!」

「あっ」

 それまで足踏みを続けていたリノは、一瞬気がそれたグランの手を振りきり、あっけにとられているヘイディアとエレムの間をすり抜けて、一足先に通路に向かって走り始めた。その間にも、母蜘蛛は鎌を振り回し、地響きをあげて部屋の中に踏み込んできた。横薙ぎの一撃で、繭に包まれた中央の原石の山が砕け飛ぶ。

「やべぇ、とにかく逃げるぞ!」

「は、はいっ!」

 我に返ったエレムとヘイディアが、くるりと向きを変える。その後ろにイチバンとニバンが続く。グランは先を走るリノの背中を睨みつけるように、全速力で駆け出した。

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