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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
242/622

57.北の食料庫の主<2/3>

 どうやら列をはぐれそうな蟻を物色していたらしいアリグモは、イチバンが歩いてくるのに気づいて、八つの中でも正面にあって特に大きな二つの目を、赤く輝かせた。蟻たちに似せた動きでふらふらこちらに歩いてくると、触角に見せかけた前肢で突然イチバンにつかみかかろうとした。

 思わず前に出ようとグランが踏み出す――間もなく、イチバンは煩わしそうに左腕を一振りした。

 乾いた音がして、アリグモの前肢二本が半ばから砕け折れた。

 少し戸惑った様子で、アリグモの動きが止まる。どうやらアリグモとしては、「いつもよりちょっと大きな餌をみつけた」程度の認識だったのだろう。

 イチバンは無表情のまま、今度は右手を振り上げ、アリグモの頭に向けて振り下ろした。

 さっきより少し硬い音がして、今度はアリグモの頭が縦に真っ二つに割れた。見ているこちらが声も出せないでいるうちに、イチバンは硬直したアリグモの胸元に、振り下ろした腕を突っ込んだ。

 胸元の魔力石がわしづかみにされて、引き抜かれる。動きが止まったアリグモの目から、急速に光が失われ、蟻に似せて作られた体はただの四つの岩塊となって、地面の上に転がってしまった。

 イチバンはそれには構わず、アリグモから奪った魔力石を自分の胸の石に押し当てた。

 どういう仕組みなのか、堅さも大きさもあったはずの魔力石は、ただの光の塊のように胸の石に吸い込まれ、消えてしまった。

「失礼いたしマシた、旦那サマ方」

 声もなく見守っていた人間三人にそういうと、イチバンはなにごともなかったように先に進み始めた。アリグモだったもの――大きな岩の固まりはどうなるのかと思えば、通りかかった蟻が岩塊に気づき、当然のように抱えあげて運びはじめた。

「……ひょっとして、こいつらだけで蜘蛛の親玉もなんとかなるんじゃねぇの……?」

「そ、それならわざわざ僕らを呼んだりしないでしょうし」

 グランの声に、さすがにこわばった顔で、エレムが答えた。

 アリグモが崩れた跡には、蟻に持って行かれなかった四肢、いや八肢がただの土塊となって転がっている。グランはそれをこわごわと足先でつついてみた。

 乾いた粘土を蹴るような感触だ。蜘蛛の脚だった土塊は、ちょっと固い音を立ててあっさりと割れてしまった。こんなものが、岩で出来たあの大きな体を支えていたとはとても思えない。やはり、魔力の働きがあってこそなのだろう。

 


 多くの蟻が群がる小島の横を通り抜けたところで、今度は対岸の壁際からガラガラという大きな音が聞こえてくるようになった。

 見ると、蟻たちの通路が続くのとは全く関係ない場所に穴が開いて、そこから大きな岩がいくつも転がり落ちてくる。蟻たちが運んでいるのよりずっと大きく、まるで土砂崩れが起きているかのようだ。

 岩はぼちゃぼちゃと湖面に落ち、積み上がっている。壁際にはほかにも、無数の土砂崩れの跡が残っているが、壁に穴が開いているのは今岩が落ちてきた場所だけだ。

「あれは……?」

「蜘蛛たちガ、自分たちが掘り崩シタ岩を捨てているのデス」

 ニバンが答える。確かに、穴の中から岩を押し出しているのは、赤く光る目を持ったアリグモたちのようだ。

「アレらは、人と接触しナイよう二設計されテいマスガ、あまり巧み二活動の跡ヲ隠すよう二ハ作られておりマセン。岩ヲ捨てた跡ノ穴はふさぐのデスが、岩そのものハなにヲするデモなくああやって外二捨てたままデス」

「リノさんが言ってた『大蟻の巣穴』の様子と、同じですね……土砂崩れのように岩が捨てられていて、近くに穴がふさがれたような跡があるって」

「あれは、街道をふさいでいた岩山と同じものではございませんか?」

「そういや……」

 ヘイディアの声に、グランは落とされる岩塊をよく見ようと目をすがめた。壁や天井の放つ光は星明かり程度の強さなのと、比較するものがないのではっきりとは言えないが、蟻たちが運んでいる岩や土塊よりかなり大きい岩が積み上がっているようだ。

「確かに下は水場ですから、運ばれた岩が濡れててもおかしくないですけど……」

「てことは、ここからわざわざ街道に運んでいったってことなのか?」

 思わずグランはイチバンに顔を向けたが、イチバンはそれには答えない。自分に話しかけられているとは思っていないのか、それとも、知らないから答えようがないのか。それに、蟻たちは水に触れると溶けてしまうようだから、湖に入らないと運べない場所にあるものをあんなに大量に持ち出せるのだろうか。

 壁から岩を捨てる作業は一段落したらしく、アリグモたちはまた奥に引っ込んでいった。ふさぐ気配はないから、また奥から岩を持って捨てに来るのだろう。

 蝶に飛びかかる蟻たちが水面に落ちていく音がだんだんと後ろに遠ざかり、すれ違う蟻の数もまばらになった頃に、グラン達は地底湖に渡された橋を渡りきり、北の壁側、蜘蛛たちの拠点となる食料庫への入り口にたどり着いた。



 元は蟻たちが築いた通路なのだから、見た目は今まで歩いてきた通路と変わりはない。ただ、星空のように光を放つ壁や天井は所々、何者かが鋭いものをうがったように大きくえぐれている。蟻たちの通路は天井も壁もなめらかだったのだが、えぐられて放置された部分はただの岩壁がむき出しになり、光を放たない。

「それは、蜘蛛たちが宝石を掘り返した跡にございます。あれらは宝石の匂いには特に敏感なのです」

「へぇ……」

 蜘蛛はあまり、歩きやすさを考慮しないらしく、通路の床にも所々大きくえぐられた跡がある。それらを器用によけながらイチバンは進んでいく。

 たまにアリグモにも出会うのだが、『腹が減っていない』らしく、こちらには関心を示さず、ふらふらとどこかに歩いて行くだけだ。蟻たちのように行列を作って歩くこともない。

 途中途中にも、蟻たちが作った部屋があるのだが、それらはみながらんどうで、岩や土塊が転がっている程度だ。部屋ごとに用途を決めて働く蟻たちとは大違いだ。

「……穴が開いているのとは別に、岩が転がっているのはなぜなのでしょう?」

 イチバンの後に続き、開いた穴に足を取られないよう気をつけながら歩いていると、ヘイディアが不思議そうに首を傾げた。確かに、穴とは別に、所々に大きな岩が集まって転がっている場所が、時折目につく。

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