55.女王との取引<5/5>
「妾どもの体と力の源は、古き人の魔法力が残る建物跡や敷地の岩土にございます。しかし、女王となるべく生まれた妾や“娘”達は、それとはまた別に特別なものを食べます。こうした……」
と、女王は自分が体を横たえる『寝台』を示した。白や緑、赤など、様々な色を含んだ原石が多く集められているものだ。
「あなた方が“宝石”と喜ぶ、土ではない鉱石がそれでございます」
「これはあなたの玉座ではないのですか?」
「はい、妾どもが食べることで、こうした“宝石”は、こども達の魔力を蓄える核になります。“宝石”そのものをこども達が食べても、腹に一時的に蓄えられるだけで、意味はありません。“女王”が“宝石”を食べ、体内で再生成することで、魔法力を更に多量に蓄えることが出来るようになるのです」
「……更に? ですか?」
“女王”の言葉の端を捉え、エレムが目を瞬かせた。
「昔から、地から生まれるものにはレマイナの祝福が宿っていると聞きますが、天然石にはもとから魔力をため込む性質があるんですか?」
「自然に生成されるものにも、多かれ少なかれそういう性質はあるようにございます。新しき人も、それを経験で知っているからこそ、魔除けや幸運のお守り、または忌々しい呪いの品として、恐れ敬っているのでございましょう。もちろん、再生成されたものの方が、蓄えられる魔力量は圧倒的に多くございます」
「まぁ、色々有り難がれてるからそれなりに効果はあるんだろうな」
グランは気のない声で答えたが、エレムはなにやらまじめな顔で、
「じゃあ、転移の法円が最初に稼働したのって……」
「え?」
「ほら、キャサハの遺跡の法円は、グランさんがその石を部屋の真ん中のくぼみにはめ込んだことで作動したじゃないですか」
「え……ああ?!」
グランは思わず自分の剣の柄に目を向けた。壁からの淡い光を受け、大きな月長石は満月のように青白く輝いている。
「どの古代遺跡でも基本的に動力炉は失われてますから、法円があっても転移に必要な魔力を供給することはできないんですよ。でも、石をはめ込んだことで動いたってことは……」
「あそこでは、単なる鍵じゃなく、動力として作用したってことなのか?」
「確かに、その剣にある石からは、正体の見極めきれない不思議な力を感じます」
それまで黙って話に耳を傾けていたヘイディアが、淡々と頷いた。
「ですが、ヒンシアの城や、この周辺一帯から感じる力に比べれば、蓄積された力は微々たるもののようです。思うに、古代魔法には、私たちの思いもよらない複雑な仕組みがあり、揃った条件や組まれた呪文によっては、元の魔法力の何倍もの力を発揮できるようなものもあるのかも知れません」
「……『寄り添いし者』は、古き文明の理をも凌駕する存在でございます。『免れざる者』も同じ」
「『免れざる者』?」
女王の言葉に、グランとエレムは揃ってオウム返しに聞き返した。
「『寄り添いし者』の対になるものでございます。『寄り添いし者』が主を照らす月明かりなら、『免れざる者』は主をも焼き尽くす太陽にございます」
「それって……」
言いかけて、エレムはヘイディアが横にいることに改めて気づいたらしい。言葉を飲み込み、グランに目を向けた。ヘイディアはその仕草の真意を探るように、微かに眉を動かした。
今女王の言った『免れざる者』とは、きっと『ラステイア』のことだ。もう少し突っ込んで質問したいものだが、ヘイディアには『ラステイア』の存在については教えていない。どうしたものか、グランもとっさに判断がつかないでいるうちに、
「あの蜘蛛たちは、古き人達の文明の初期に作られました。目的は、古き人に代わって“宝石”を採掘、収集することにございます。古き人にとって“宝石”は魔法力の運用に重要なものでございました。」
“女王”は自分の話を続けてしまった。まぁいい、後で機会を見つけて聞いてみよう。
「長い年月で、数はだいぶ減りましたが、あの蜘蛛たちは今でも大陸のあちこちで、設計されたとおりの活動を続けております。彼らは原石の多くある場所を見つけると、巣の中心となる場所に魔力石を置き、そのそばに原石や宝石を集めます。集めたものを回収するのは古き人の役目でしたから、蜘蛛たちは一帯をあらかた掘り尽くすと、集めたものをそのまま置いて次の場所に移っていきます」
「じゃあ、リノさんが言ってた『大蟻の巣穴』って、実は蜘蛛の活動跡ってことなんですか?」
「蜘蛛たちは活動の痕跡を消すようには作られておりませぬので、新しき人からは、そのように見えるのでございましょうね」
エレムの問いに、“女王”は静かに頷いた。
「古き文明の初期に作られた彼らには、動力となる魔法力を生成する機能がございません。なので、活動を続けるには、定期的に魔法力を供給される必要がございました。古き人は時々、彼らに餌となる魔力石を与えて養っておりました。
もちろん今は、供給してくれる古き人は存在いたしません。それで、同じ魔法力で動く妾どもを餌にしはじめたのです。この施設跡の近くに鉱山があったこともあり、彼らにとってここは格好の餌場になってしまったようなのでございます」
「近くに鉱山があったから、活動場所がかぶって見つかってしまったんですね」
「左様にございます。普段は同じ通路を通っても問題はないのですが、活動に必要な魔法力が不足してくると、あれらは近くを通ったこどもたちを襲って食べてしまうのです。あれらは北の食料庫周辺を根城にしておりますから、水路を開く作業のために近づくだけで、こちらも危険が増します。それに、北の山腹に水を通すには、食料庫周辺の壁を取り払う必要がございます。これ以上こども達が増やせない今、あの蜘蛛たちにこども達を減らされたくはないのです」
「増やせない?」
「妾は『寿命』が近づいております。次の間にあった卵たちは、あれが最後の卵なのです。あの卵がかえり、一人前になる頃には、今いる蟻の一割は壊れているでしょう。あとは、もう減る一方なのでございます」
ほかの“娘”達の持つ石が、鮮やかな茶色い輝きなのに、女王の体と王冠に輝く石は、赤みを帯びて膨らんでいるように見える。あれは、年老いた――寿命が近いことの証なのかも知れない。
「すべてを退治する必要はございません。拠点の目印となる魔力石と、それを護る母蜘蛛を壊してしまえばよいのです。帰る目標がなくなれば、彼らはいずれちりぢりになるでしょう。蜘蛛らを北の山腹周辺から立ち退かせることができれば、遅くとも新しき人の『収穫祭』が次に行われる頃には水脈をつなげるよう、北側の作業を再開することができます」
「それなら、祈りの儀式で泉に水が湧かなくなっても、ユカさんが町の人に文句を言われずに済みそうですね」
こうなると、ルスティナがオルクェルに宛てた手紙の中で、『水脈を阻害する悪しき力を取り除くための特別な儀式に協力する』云々とはったりをかましたのが効いてきそうだ。そっちの成果が見えるのは、もう少し後になりそうだが。
グランは少しの間、顎に手を当てて今の話を反芻していたが、すぐに軽く頷いた。
「そういうことなら、ちゃちゃっとぶっつぶして帰ろうぜ。その母蜘蛛っていうのも、今まで見たアリグモと同じようなもんなんだろ?」
「多少は大きくございましょうが、基本的な造りは同じのはずです」
「いいんですかそんな軽いノリで」
「うだうだ考えてたって仕方ねぇだろ」
「でも、下見くらいはした方がいいんじゃないですか?」
言い合う二人を女王は交互に見返した。微笑んだようにも感じたのだが、気のせいだろう。
「やり方はお任せいたします。様子を見にいくのであれば、北の食料庫まで、”娘”に案内させます。判らないこともなんなりとお聞きください」