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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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54.女王との取引<4/5>

「それを毎年繰り返してきたってことなのか……」

 グランはそれ以上なんとも言えず、ただため息をついた。

「左様にございます。昨年はそれまでの巫女が病に倒れたことで『祈り』が遅れ、泉を枯らすまであと一歩の所まで迫ったものの、新しい巫女が現れてしまいました。もう“娘”達を外へ送り出すのは無理かも知れないと一度はあきらめ掛けたのですが、どうやらあの新しい巫女は、巫女であることを嫌がり、あの社から解放されることを願っている様子でございます。折良く、『寄り添いし者』の持ち主がこの近くを通ることが伝わって参りました。

『寄り添いし者』の主様であれば、古き人の力にもある程度の理解がございましょう。わたくしどもの姿を見ても動揺することなく話はできましょうし、なにより『寄り添いし者』の主様が味方についてくだされば、理の流れを変えることが可能になります」

「……ユカ様が見たという、お告げの夢はなんだったのですか?」

 それまで耳を傾けていたヘイディアの問いに、“女王”は軽く首を振った。

「あれの源となるものの正体は、妾にもよく判りませぬ。しかし、あなた方が近くに来ることが伝わってくると同時に、新しき人たちが『アヌダ』と崇めるものと同質の力が大きく強まったのを感じました。『アヌダ』が女神レマイナと同列の神であるというなら、この地から“娘”達が飛び立つことと、巫女が山頂から解放されることは、神の観点からも望ましいことであるのかも知れませぬ。あの娘の夢に割り込み、意図的にあなた方の存在を示したのは確かに妾ですが、『寄り添いし者』の力はそれを拒みませんでした」

「そりゃ、あれはただの疫病神だからな……」

 グランはうんざりした顔で呟いた。

「あんた達にとって、山頂の泉は邪魔なものってのは判った。でも、水がないほかの場所に穴を開けて、新しく出入り口にするんじゃだめだったのか?」

「“娘”だけが飛び立つのであれば、ある程度低い場所でも構わないのですが、……ここの一つ前の部屋にいる“息子”達も一緒に送り出さねばなりませぬ」

 働いていた蟻たちよりも一回り大きい羽蟻のことだろう。どうやら土でできた蟻たちにも性別があるらしい。

「“息子”達は“娘”達ほど力がございませんので、風に乗るためにはより高く開けた場所に出口が必要なのでございます。この山地に、あの場以上の好条件の地はございませぬ。それに転移装置の発動によって起こる魔法力の流れを利用すれば、より高く飛ぶことができます。高く飛べれば、空の高い場所を流れる風に乗って、より遠くへ向かうことができますゆえ」

「うーん……」

 確かに山頂は、社の周辺以外に、木々が開けた場所がない。それに、次善の場所があるなら、もっと早くに“女王”も試みているのだろう。その辺りを今議論していても仕方が無い。

「まぁ、あの場所がどうしても必要だっていうなら、それは判ったことにしてもいいんだが、ユカが山頂の社にいなくてもよくなるようにするってのは、どうやるんだ? いくらユカが協力したくても、泉の水量が減ったら町の奴らが大騒ぎだろ」

「あの娘が、山頂の泉を涸らさぬよう、あの場に縛り付けられているのは存じてございます。であれば、アヌダの力がなくとも枯れない水源が別の場所に現れれば、山頂の泉は不要になりましょう」

「そりゃそうだろうが」

「地底湖は、水の流れる勢いから力を得るという目的上、平地より幾分高い場所に作られています。山の中腹に地底湖から続く新しい水脈を開き、同時に山頂の泉を枯らせば、『山頂の泉から水が失われたのは、アヌダ神がここより水が湧くよう取りはからったため』と新しき人たちに信じ込ませることができるでしょう。山中の地下水脈自体は、魔法力とは関わりなく流れが整っておりますから、季節を問わず同じだけの水が得られます。この水脈が枯れるのは、それこそ地上の新しき人が滅びた後でございましょう」

「なるほどな……」

 女王側もそれなりに代案を持って、こちらとの取引を持ちかけたようだ。一見破綻はないように思える、が。

「でもさ、俺達が蜘蛛を倒した、上手く泉を枯らしてあんたたちの“娘”が飛び立った、その後にあんたたちが約束を破って新しい水路を開かない、ってことも、ありえないともいえねぇよな」

「グランさん」

 意地悪く眉を動かしたグランに、諫めるようにエレムが声を上げたが、

「あるんだよ、口じゃ気前のいいことを言って、いざことが片付いたら、難癖つけて報酬をけちる奴ってのはさ。こいつらがそうならないとは言えないだろ」

「そ、そうかも知れないですけど……」

「かようなことはございません」

 言い淀むエレムと、挑発するように目を細めるグランを見据え、“女王”はきっぱりと言い切った。

「妾どもは人を裏切ったり、嘘をつくことはできませぬ。会話の中から、必要に応じていくつかの情報を差し引くことはございますが、意図的に人を危険なめにあわせることもできませぬ。それができたなら、とうに社の巫女ごと山頂を崩し、“娘”を飛び立たせておりました」

「へぇ?」

「それに、北側の斜面に通じる水脈の準備はかなり進んでおります。水が通りやすいよう更に傾斜をつけ、堰を切って水を通せば、いずれ山腹の窪地に水が湧き出すはずでございます。ですが、今のままでは作業を継続することができませぬ。だからこそ、あなた様にお越しいただいたのです」

「今のままでは?」

「もともと、北の斜面に面した場所は、“娘”や妾のための特別な食料庫のひとつでございました。そこを、あの蜘蛛たちが今は占拠しているのでございます」

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