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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
235/622

50.地下に棲まうものたち<6/6>

 かいがいしく子蟻を世話する蟻たちを眺め、ヘイディアは淡々と、

「あの蟻たち、胸に石のようなものがあります。小さなものにも、大きなものにも」

「ああ……」

 最初見たときにも気になったのだが、確かに蟻たちの胸には、磨かれたように丸い茶色の石が納まっている。月明かり程度の洞窟の中でも、それ自体が光を放っているかのように輝いているのだ。よくみれば横にいくつか縞模様の入った、宝石のように美しい石だった。

「なんだろうあれ……、縞瑪瑙しまめのうの一種かなぁ」

「そういや、さっきアリグモに襲われてた奴は、あの石を取られたとたんに形が崩れたよな」

 あっという間に土塊に姿を変えてしまった蟻を思い出したグランに、ヘイディアも小さく頷き、

「アリグモにも同じようなものがございました。あの胸元の石に、彼らを動かすための魔力が蓄えられているようですね」

「古代の人たちにとって、宝石は特別なものだったんでしょうかね。グランさんの剣といい……」

 言われて、グランは思わず自分が腰にいた剣の柄を眺めた。星空のように輝く壁や天井からの光を受けて、月長石は満月のように白く光を放っている。

 そういえば、『ラステイア』の主が持つ剣にも、同じような大きさの赤い石がはまっていた。ユカの「法具」にも瑠璃らしい青い石がついている。

 ……グラン達が追いかけてきた蟻は、この部屋の子蟻たちには関心を示さないまま、また別の部屋に向かっている。その後を追って次の部屋に入ったとたん、ヘイディアがぎょっとした様子で立ちすくんだ。

 子蟻たちがたくさんいた次の部屋は、見た目からが異様だった。

 腹の大きな蟻たちが、部屋の奥に集められたものたちに餌をやっているのは、今までと同じだ。だが中にいるのは子蟻ではなく、白い土でできた芋虫のようなものだったのだ。

 人間の幼児ほどの大きさの芋虫が大量に集められ、一カ所でいもいもと蠢いているのは、さすがに見ていて気味が悪い。

 この芋虫は、餌をもらうために開けた口の少し上に、小さな茶色の石をつけている。グラン達が後をつけてきた蟻も、今度は芋虫に近寄って、餌を与え始めた。

「……蝶は芋虫からさなぎを作って羽化しますけど」

 さすがに怯んだ様子でヘイディアはふたりの後ろに下がり、対照的に、エレムは興味を引かれた様子で気持ち前に足を踏み出した。

「この蟻たちも、卵から生まれてさなぎになっていくんでしょうか」

「なんでそんなまどろっこしい……土でできてるんだから、最初からでかいのを作ればいいじゃねぇか」

「そもそも、この蟻たちがなんのための存在なのか、よく判らないですからね……」

 餌を与える蟻とはまた別に、部屋の奥の通路に向かって歩いて行く蟻たちがいる。いったいどのくらいの部屋がどこまで続いているのか見当もつかないが、どこに『女王』がいるか判らない以上、こうなったら目につくところは片っ端から当たってみるしかない。

 その次の部屋には、やはりというか、人間の赤ん坊ほどの大きさの、卵がびっしりと集められていた。粒の長い米のような形をしていて、それが無造作にごろごろと転がっている。

 卵に餌をやる必要はないように思うのだが、この部屋にいる蟻は、かいがいしく卵の周りを動き回り、毛繕いでもするように顔や前肢を寄せたり、卵の場所を微妙に変えたりしている。卵がかえるのを心待ちにしているような動きだった。

「卵があるなら、生んだ奴がいるってことだよな」

 グランは妙に柔らかな質感を持った卵を遠くから眺め、頭をかいた。

 これが人間の城なら、位置によってそれなりに各部屋の役割は推測がつく。だが、相手が蟻を模した生活をしているのでは、女王がどの部屋にいるか推測の立てようもない。上にいるか、下にいるかすら判断できないのだ。

 歩くのに困らない程度の光源があり、ただうろうろしている分には危険はなさそうとはいえ、闇雲に動き回るのはやはり体力を消耗するだけだ。長期戦を覚悟で、休息をとりつつの移動に切り替えた方がいいのかも知れない。

「ちょっと、こいつらが少ないところで一度休憩を……」

 言いながら振り返ったグランの目の前に、黒い塊があった。

 自分たちが立ち止まっているうちに、別の部屋からやってきた蟻たちが後ろに追いついてしまったようだ。蟻はやはり目が見えていないのだろう、障害物を目視して事前に迂回するような行動をとらない。ぶつかる直前まで接近して、やっとグランとエレムが立っているのに気づいたらしく、頭についたひげを伸ばしてきた。

 グランは思わず飛び退きかけたが、少し離れた場所で立ちすくんでいるヘイディアを見て、さっきヘイディアと鉢合わせした蟻が、結局なにもしないまま通り過ぎていったのを思い出した。蟻は、ひげを器用に動かして、極力身動きをしないように息をひそめるグランの、頭や肩に触れている。エレムも同じ判断をしたらしく、引きつった顔で銅像のように固まったまま、蟻のするに任せている。

 そのひげが離れると、蟻はグラン達を避けるように左側によけた――と思ったら、今度は不意に振り向いて、後ろで行儀よく並んで待っていた蟻たちに頭を近づけ、互いのひげをふれあわせ始めた。鳴き声や、あごを鳴らすような音はないが、なにか相談しているように見える。

 ヘイディアの時とは様子が違う。どうすればいいのかとっさに判断できないでいるうちに、二人は蟻たちにぐるりと取り囲まれた。動けないままの二人に向かって、今度はいくつもの前脚が伸べられ、

「え……ええっ?」

 あっという間に、二人は蟻たちに神輿のように担ぎ上げられてしまった。

「あ、あの?!」

「な、なにするんだおい?!」

 男一人を三・四匹の蟻が手を伸べて支えていて、これでは暴れるのもままならない。そもそもこちらの声が聞こえているのかも怪しい。

 二人を抱え上げた蟻たちは、塊を作ったまま更に奥の部屋へと移動を始めた。目を丸くしたまま取り残されたヘイディアは、チュイナに頬をつつかれてはっとした様子で、慌ててその後を追いかけ始めた。

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