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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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49.地下に棲まうものたち<5/6>

「目と足が八つあるということは、……あれは蜘蛛?」

「アリグモといって、蟻にそっくりな姿をして蟻のそばで生活する種類の蜘蛛がいるというのは、聞いたことがありますが……」

 目を瞬かせている二人の横で、ヘイディアが静かに首を傾げる。

 アリグモは、たくさんいるわけではないのだが、特に地底湖から戻ってくるものの中に混じっているのは、ほかの蟻とは違い手ぶらなのですぐ判った。それに、ほかの蟻と違って目がちゃんと見えているらしく、すれ違う蟻たちを時折振り返って眺める素振りも見せる。

 あのアリグモにも、胸元に赤褐色に光る石がついているような気がするのだが、四対の脚が邪魔をして、やはり横からではよく見ることができない。

「……でも、ほかの蟻たちは警戒してる様子もないな……、仲間だと思ってるのか」

 アリグモがきょろきょろと首を巡らせながら奥に進むのをぼんやりと見送っていたグランは、はっと我に返って首を振った。

「この様子だと、奥にもなにかあるんだな、行ってみるか」

「そうですね……あっ!」

 奥に向かう列を追いかけようと踏み出し掛けたエレムが、小さく声を上げた。

 素知らぬ顔をして列に混じって歩いていたアリグモが、不意に列からはみ出し、地底湖に向かう蟻の中でも小柄なものにいきなり飛びついたのだ。飛びかかられ、列からはみ出してしまった蟻の上に覆い被さりながら、アリグモは頑丈そうな顎で蟻の首元に噛みついた。

 じたばた抵抗していた蟻の動きが、急速に鈍くなる。アリグモは一旦蟻の首元から顎を話すと、今度は蟻の胸元についている茶色の石をくわえ、胸の肉に当たる部分ごと噛みちぎった。

 蟻の目の輝きが急速に薄れ、空を掻いていた腕がだらんと垂れ下がる。それと同時に、蟻の頭や胸、腹といった大きな部分がごろりと外れて地面に落ち、あっという間にただの土塊へと姿を変えてしまった。

 アリグモは、奪い取った茶色の石を腕に抱えると、それを今度は、自分の胸もとについた赤褐色の石に押しつけた。

 持っていた時は、確かに形を持った石だったのに、胸の石に押しつけられたとたん、茶色の石は吸い込まれるように同化して、なくなってしまった。

 アリグモは、ただの土塊になった蟻にはもう興味を示さず、その蟻がいなくなったことでできた空間に割り込むと、今度は地底湖方面に歩いて行ってしまった。

「なんだ今の……? ほかの奴らは、なんで気がつかないんだ?」

 すぐ横で起きたことに、ほかの蟻たちはまったく関心を示さない。土塊になってしまった蟻が、列から少し離れていることもあるのかも知れないが、自分たちのすぐ横で仲間が襲われているのに、気がつかないとはどういうことなのだろう。

「やっぱり、目が見えてないんですね。口もきけないようだし、ひょっとしたら耳もないのかも知れませんが……」

「それにしちゃ綺麗に行列作って歩いてるぞ。なんなんだこいつら……」

「魔力で作られた、人形のようなものなのではないでしょうか。命令された以外の行動は、自分では判断できないのかも知れません」

 ヘイディアは相変わらず、淡々とした顔で元は蟻だった土塊を眺めている。

 なんにしろ、ここであれこれ推測していてもなんの役にも立たない。グランとエレムは気を取り直すように揃って頭を振り、奥へ向かう列を追うことにした。

 白い岩を持った蟻たちの行き先は、突き当たりにある大きな部屋だった。高さも今まで来た通路の倍以上はある。蟻たちはその部屋の中央に、持ってきた白い岩を重ね置いた。

 見回すと、部屋のあちこちに、同じように岩を積み上げた小山がいくつのも作られていた。

 自分が持ってきた岩を置いた蟻は、今度は地底湖へ向かう列に並び、また部屋を出て行く。どうやらこの部屋と地底湖とを行き来する行列の蟻たちは、延々とこの動きを繰り返しているらしい。

 一方で、行列には加わらず、白い小山に取りついている蟻たちがいる。その蟻たちは小山に逆三角形の頭をつっこみ、顎で岩にかじりついていた。列を成して歩く蟻たちの足音に重なるように、カリカリと岩をかじる音が聞こえてくる。

「なんであんなもん食ってんだ? 餌なのか?」

「あ、ほんとうだ、お尻……じゃない、お腹が、大きくなっていきますね」

 岩をかじっている蟻たちの腹は、ある程度時間が経つと、だんだんと節が広がって大きくなっていく。一方で、岩は確かにかじられた分削られて貧相になっていく。見た感じ、砂糖の山に蟻がとりついているのと大差ない。大きさが半端ないが。

 小山が小さくなり、逆に腹が頭の倍ほどに大きくなると、岩をかじっていた蟻たちは突然興味を失ったかのように小山から離れ、奥に開いた穴へと出て行った。入れ替わりに、腹が小さい蟻たちが穴からやってきて、また小山に取りついて岩をかじり始めた。

「あちらにもいくつか道がつながっています。ついていってみますか?」

 ヘイディアに問われ、グランは頷いた。

 ほかの蟻がとりついている小山をよけ、腹が大きくなった蟻について行く。腹の大きさは、食べ始める前の倍はあるが、体が重くなって困っているようにも見えない。涼しい顔……をしているのかどうかは判らないが、特によろける様子もなく進んでいく。

 腹の小さい蟻と何度かすれ違っているうちに、また別の部屋に出た。部屋の奥には、今まで目にしていた大きさの蟻とは別に、その半分、人間の子供ほどの大きさの蟻たちが集められている。形はそっくり同じだが、小さい方は色が赤茶っぽく、透明感がある。

 部屋に入ったうちの半数の蟻は、いそいそと子蟻たちに近づいていった。もう半数は、別の部屋に目的があるらしく、知らん顔で素通りしていく。

 腹の大きな蟻が近寄ってくると、子蟻たちは甘えるように背を伸ばし、前脚やひげで大きな蟻に触れながら、顔を上げてねだるように口を開けた。

 大きな蟻たちは顔をかがめ、口から白い塊を戻して小さな蟻に口移しで与えている。餌を与え終えると、今度は大きな蟻は毛繕いでもするように、小さな蟻の体全体に口で触れ始めた。

「ひょっとして、子供達の世話をしてるんでしょうか」

「あんな岩人形みたいなのが、餌食ってでかくなるのか? どうなってんだ?」

「……さっきから気になっているのですが」

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