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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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48.地下に棲まうものたち<4/6>

 生き物というより、それは土で出来た人形のように見えた。

 逆三角形の顔に、楕円の椀を伏せたような大きな目が淡い褐色の光を放っている。くちばしと思われる部分と目の間、人間なら鼻に当たる部分に、ひげのような細長いものが生えている。胴に当たる部分は頭よりも小さく、腰のくびれから下は逆にひどく大きい。

 胴の部分からは、節のついた脚なのか腕なのかなんともいいようのない長細いものが六本生えている。それらは、三本ずつ対になっていて、上の二本――前肢は腕のように宙に掲げられ、下の四本が地について体を支えていた。

 悲鳴を上げなかったのは、堪えたというよりは動転して声も出なかったというのが正しいのだろう。ヘイディアが立ちすくんでいると、その黒い生き物は頭から伸びたひげと、あいている前肢を動かし、ヘイディアの頭や肩を確かめるかのように触れ始めた。まるで、蟻が自分の目の前にあるものがなにか、確かめているような仕草だ。

 黒い生き物は、少しの間ヘイディアに触れた後、すぐに興味を失った様子で、すっと身をひいた。まるでそこに岩か何かでもあるようにヘイディアを避けて、別の穴へと歩いて行く。両側の壁にひっつくような形で距離をとって、見送るグランとエレムには気づかない様子だ。

 その生き物の胸に当たる部分に、なにか茶色いものが輝いているのにグランは気がついたが、横からだと前肢に遮られてよく見ることができない。

「……なんだあいつ、俺達が見えてないのか?」

 壁に背中をくっつけたまま、首だけを動かして黒い生き物が通るのを見送っていたグランが、絞り出すように声を上げた。グランの反対側の壁で、同じような姿勢で息を殺していたエレムが、はっとした様子で、

「ヘイディアさん、だ、大丈夫ですか」

「は、はい」

 問われて、ヘイディアは気持ち襟元や袖を正しながら、硬い表情でふり返った。情けなく壁にひっついたまま動けないでいる二人を見て、目を丸くする。

 そのヘイディアを気遣うように、灰色の髪の隙間に隠れていたチュイナが顔を出し、肩の上によじのぼって頬ずりするような仕草を見せた。ヘイディアは気が抜けたように口元を微妙に緩め、

「敵だとは、思われていないようにございます」

「そ、そうみたいですね……」

 命のないはずの水のトカゲの方が、よっぽど気が利いている。気まずそうに壁から離れた二人は、黒い生き物が来た方向と去って行く方向を見比べた。三人は確認するように視線を交わすと、今度は、別の通路に入っていく黒い生き物の後を追いかけ始めた。



 後ろから見た感じ、やはり黒い生き物は蟻を模した姿のように思えた。大きさは小柄な成人女性ほどもあるが。

 ただ、六本の脚を全部使って這って歩くわけではなく、少し上体を起こして背筋を伸ばし、後ろの四本脚を主に使って歩いている。

 体の表面は黒いが、岩や土を固く塗り固めたような質感なので、虫というよりは石像が動いているような印象だ。おかげで、あまり気味悪さを感じない。

「あんなに大きいのに、お尻を地面に擦らないように上手に歩くんですね……」

 細い脚で、大きな体を危なげなく支えて歩く『蟻』の後ろ姿に、エレムが場違いな感想を述べていると、ヘイディアが小声で、

「蟻の、お尻に見える部分は、実際は腹だと聞いたことがあります」

「へぇ?」

「餌を食べると、あの部分にため込むので大きく膨らむのだそうです。頭の下の、六本の脚が生えているところが、胸なのだそうです」

「そうなんですか、頭から一番離れた場所にお腹があるなんて、面白いですね」

 素直に感心した様子で、エレムが頷いている。グランはなにを答えるべきか思いつかず、曖昧に頷いた。今の状況にまったく役に立たない情報だが、面白いのは面白い。

 先頭を歩く形になった蟻自身は、こちらの声など聞こえていないらしく、頭についたひげのようなもので先を探るように歩いている。

 少し進むと、また別の広い通路に合流した。この通路は、今までの倍は広く、高さもかなりある。先頭を歩いていた蟻がためらいなく進んだので、なにも考えずその後に続こうとして、グランはぎょっとなって足を止めた。

 広い通路の真ん中を、ぞろぞろと蟻たちが列を成して歩いている。

 しかも列は二方向に規則正しく流れているのだ。

 地底湖のある方角に向かう蟻たちは皆手ぶらだ。だが、地底湖から戻ってくる蟻たちは、歩くのに使わない前肢を腕のように使って、白っぽい岩を持ち歩いていた。中には、自分たちの体と同じほどの岩を、数匹で押したり引いたりしながら歩いて行くものもある。まるでみつけた餌を、みんなで協力して巣穴に運び込んでいるような印象だ。

 グラン達がついてきていた手ぶらの蟻は、地底湖方面に進む列に割り込むと、一緒になって進んでいってしまった。周りの蟻たちも、特に気にした様子はない。やはり、目が見えていないのかも知れない。

「あれ……なんだか、違うものが混ざってないです?」

 そのまま追いかけるべきか判断に困り、行き来する蟻たちを見つめていると、エレムが目を瞬かせた。

 大多数は今ついてきたものと同じ形、同じ色なのだが、列の中にたまに、微妙に違う形ものが混ざっているのだ。

 全体的な形は変わらないが、顎が妙に立派で、楕円形の椀を伏せたような目の代わりに、大小八つの丸い目が左右対称についている。顔にはひげもついていない。その代わり、ではないだろうが、胸から生えた脚は八本ある。そのなかの一番前の前肢二本を頭の上にかざして、蟻のひげを装っているようだ。

「な、なんだあれ……?」

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