47.地下に棲まうものたち<3/6>
自分たちは、半球の端、地底湖の外れに転々と顔を出した、島というのも大げさな高さの浅瀬の上に立っているようだ。ここから壁際にまでなら、さほど水を踏まずにたどり着けそうだ。壁際は一段高くなっていて、そこから細い道が整えられているらしいのも見えた。
「あのあたりから上に行けそうだな……、どっかで通路でもありそうか?」
グランに問われ、ヘイディアは静かに頷いた
「壁を伝って上にあがれるかはよく判らないのですが、下層にも横穴がいくつかあります。そこが通路になっていると思われます」
「じゃあ、とりあえず壁際まで行ってみるか」
目が慣れて全体が見渡せるようになったとはいえ、壁や天井からの光は月明かりほどの明るさしかない。多少心許ないが、しかしランタンなど灯したら、あの“なにか”たちがどう反応するか予測できない。
浅瀬の、なるべく水のかぶっていない部分を選びながら、グランが先頭に立って慎重に、壁際に向かって進んだ。
三人が歩いている間も、地底湖の中央からは白く輝く水の蝶が生まれ、それが橋の上を歩く“なにか”に飛びかかられて、あちこちで水音をあげている。蝶を捕らえるためと言うよりは、上に達するのを妨害しているように感じられる動きだった。
中には水面ではなく島の上に落ち、そのまま壊れて動かなくなるものもある。どうやら中央の島は、過去に光の柱のふもとに落ちた“なにか”が積み重なってできているようだ。
靴底で踏みしめた感触だと、足元は岩が水で削られたように固くなめらかだ。普通に歩くよりはいくらか時間がかかったが、足を滑らせることも深みに足をとられることもなく、三人は縁にあたる壁際にたどり着いた。
「ここから少し先に、風の流れが入り組んでいる場所があります。横穴があいているようです」
「ったく、人をここまで呼んでおいて、“女王”とやらは道案内もよこさねぇのか」
滑らないように慎重に歩いてきたせいか、いつもより全身の筋肉が緊張している気がする。ぶつぶつ言いながら、グランは示された方に目を向けた。
確かに、少し先に、壁が落ちくぼんで光が少し弱まって見える部分がある。近寄ってのぞき込むと、奥がゆるやかな上り坂になっているのが見て取れた。
穴自体は、大人が並んで入っても、横にも上にもかなり余裕があるくらい大きい。触った感じ、土を固めただけのような、もろさすら感じる手触りなのだが、天井も床も壁もとてもなめらかに整えられ、水場を囲む壁と同じように星を散らしたような光を放っている。こんなものが、自然にできるとはとても思えない。
「やっぱり、コケじゃないんですねこれ。壁を固めるために塗ってあるものなのかな……」
恐る恐る指先で壁を拭ったエレムが、自分の指を眺めながら呟いた。コケなら強く擦れば、壁からある程度剥がれて、指先についてもおかしくはない。
仕組みはちっとも判らないが、足下が乾いて固められた土に変わっただけでも、気分はだいぶ違う。大人二人くらいなら並んで歩いても余裕のある広さだが、グランが先頭になり、ヘイディアを間にしてエレムが後ろという順番になった。
地下にいるはずなのに、圧迫感がないからか、さほど不安にも感じない。ただ、所々曲がりくねっているらしく、奥までは見通すこともできない。
緩やかな傾斜を上っていくと、前方に向けて不意に風が強まった。
「……広い場所につながっているようです」
ヘイディアの声にあわせるように、今歩いている通路よりももっと広い場所があるらしいのが視界の先に見えてきた。こころなしか、今までよりも壁からの光が明るい気がする。
グランが少し顔を出し、様子を伺ってみたが、特に“なにか”がいる気配はない。
どうやら、ほかのいくつかの通路が合流する広場になっているようだ。丸い大部屋の四方に、今通ってきた通路と同じ大きさの横穴が六つほどあいている。
念のために、今出てきた通路の脇に短剣の先で印をつける。この先同じような分岐がいくつもないとも限らない。出口をめざして歩いていたヒンシアの時とは違い、今回の最初の目的は、“女王”の居場所までたどり着くことだ。通ってきた道の印ぐらいは必要だ。
「こちらの道が、さきほどの大きな水場につながっているようですが……橋の周辺には、あの“なにか”がたくさんおりますから、不用意に近づいてよいものか」
「“女王”はこの地下を『妾たちの住まい』って言ってたけど、あいつらって“女王”の仲間なのかね」
「ありえますよね。ユカさんの体を借りて喋っていましたから、人間に近い形の存在かと思いこんでましたけど……」
「こんな場所で生活してるんだから、少なくとも普通の人間じゃねぇよなぁ……ほんとにここ住んでればだが」
言いながら、グランは近くにある横穴をのぞき込んでいる。開いている穴はどれも同じような大きさで、この先になにがあるのか、特別なのかそうでないかを判断できるような手がかりがなにもない。
「あちらこちらで、なにか大きな固まりが動いている様子はあるのですが、岩のようなものがただ転がっているのか、意志を持ったものが動いているのかは、風の動きだけではよく判らないのです。至る所に、多くの動きがあるので、魔力で統制されているのだとは思……」
話しながら、グランとは反対側の穴に近づいて様子を伺っていたヘイディアの目の前に、丸みを帯びた黒いものがぬっと顔を出した。




