45.地下に棲まうものたち<1/6>
土と水の匂いを含んだ、ひんやりと湿った風が頬を撫でる。グランは目を開けた。
顔を上げて真っ先に目に飛び込んできたのは、暗闇の中、まっすぐ空に向けて伸びた青白い光の柱だ。柱自体の根元はぼやけて闇に溶け込んでいて、空に伸びた先の光も不自然に途中で途切れている。
その光の柱の中を、白く輝くなにかがいくつも、空に向けて舞い上がっていくのが見える。水の満たされた細いガラス管の底を火で温めると、空気の粒がいくつも立ち上っていく、それに似た動きだ。
その光の柱の周りは、真っ暗だった。
純粋な闇ではないような気配はするのだが、明るい外から灯りのないどこかに飛ばされてきて、目が慣れていないのものあって、光の柱以外のものは自分たちの目にはまだ見えてこない。
踏んでいる地面は平らに固められているのが判るが、自分の周りすら見えないのだから、今の状態でうかつに立ち上がったら均衡を崩しそうだ。
「ここは……本当に山の地下なんでしょうか。あの光の柱を見ると、かなり天井の高い空間のようですけど」
グランの背後で、エレムがため息のように呟いた。
「それに、わりと近くから、水の流れる音がします。……川でもあるのかな?」
「……探ってみます」
エレムの近くにいるらしいヘイディアが、淡々と応える。短い祈りの言葉の後、今まで感じていたのとは違う、柔らかさを感じる風が自分たちの周囲を巡り、一気に周囲へと解き放たれた。
どうやら、近くに大きな水の流れがあるらしい。ヘイディアの起こした風が周囲から離れていくと、水が波打ちながら流れる動きのある音が耳につくようになった。それに混ざって、いろいろな方向から、さくさくと土を踏むような音が聞こえてくるような気がするのだ。
加えて光の柱のある方からは、ぼちゃん、という重さのある音が、時折伝わり響いてきた。大きさのある岩を水面に落としているような、衝撃を伴った水音だ。
目を凝らすと、光の柱の中を漂い上るのと同じ光が、柱の根元の周辺から舞い上り、引きつけられるように光の柱に近寄っていくように見える。ここからだと、蛍が水面から立ち上って、光の柱に引きつけられていくような動きにも見える。しかし光の柱まで相当な距離があるので、具体的な大きさは想像できない。
そして、岩が水面に落ちていくような音も、あの光の柱の根元、蛍のような光が現れる付近から聞こえてくるようだった。
「とても広いです……。これほどの規模の建物はエルディエルの首都にもありません。ですが、自然にできた洞窟にしては、天井がなめらかに整えられすぎています……。全体が、巨大な半球になっているようです」
目が慣れないながら、風の気配を追うようにヘイディアがあたりをぐるりと仰ぎ見ているのが、声の気配で判った。
「ただの丸い空間ではありませんね。所々横に風が抜けていきます。たくさんの横穴があります……動いているのは、水……? いえ、水以外にも、なにかたくさんのものが動き回っているような……?」
「たくさんの……なんだ?」
「なにか、大きなものが不規則に、たくさん……水の流れに乗っているのとは、また違う動きを感じます……」
「明かりをつけてみますか?」
「いや、なんか周りがぼんやり光ってるような気がするんだよ、目が慣れるまでもう少し待とうぜ」
「ヒカリコケという苔があると聞きますけど、そういったものが壁に繁殖してるんでしょうかね」
言っているそばから、だんだんと周りの光景がはっきり浮かび上がってきた。
それは、満天の星空にも似ていた。
大きな、それこそ夜空そのもののように広い空間の、天井、壁という壁が、星を散らしたように淡く輝いている。それも、ただ光っているのではない、本物の夜空のように時折揺らぎ、まるで呼吸でもしているような拍子で、光を強めたり弱めたりしているのだ。所々、星空を遮るように黒い影があるのが、まるで夜空に雲がかかっているようにも、星空の果ての星のない暗黒の部分のようにも見える。
「すごい……『星の天蓋』みたいですね」
「地下に……このような場所が……」
エレムが、素直に感嘆の声を上げる。さすがにヘイディアも言葉に詰まっている様子だ。グランも思わず立ち上がり、星の正体を見極めようと目をこらした。
星空のように光る壁や天井が見えるほど目が慣れてくると、底に当たる部分が、天井の光を映して鈍色に揺らいでいるのも見えてきた。
どうやらこの空間は、巨大な地底湖になっているようだ。地底湖のあちこちに大小の島やいくつもの浅瀬があり、自分たちは地底湖の隅の浅い場所に飛ばされたらしい。
そして、あの光の柱は、地底湖の中央部にあたる場所の、大きな島の上から伸びているようだ。




