44.『扉』なる庭<4/4>
自分たちが初めて転移の法円を見たのは、『ラグランジュ』を探しにキャサハの遺跡に行ったときだった。
最初は『古き太陽』という言葉から、都市の中央にある、真四角の白い建物を見にいった。壁の三方に太陽の壁画があるのが特徴だが、実際になんに使われていたのかはよく判っていない。しかし、結局そこにはなにもなくて、その後に都市の北側に当たる、『星の天蓋』と呼ばれる建物の行ったのだ。
『星の天蓋』は、天井が半球形の丸い部屋で、床には性格に東西南北に句切られた溝があり、中央にはくぼみがあった。それはまるで、古代都市を模しているようだと思いついて――
「ああ。そうか、あの時も、法円の場所は別だったじゃねぇか」
「えっ」
「キャサハでも、最初は都市の中心を調べに行ったけど、実際に転移の法円があったのは『星の天蓋』の床だったろ。てことはさ」
「別の場所の、都市を模した丸い――」
二人は思わず同時に、同じ方向に目を向けた。庭園の北側、山頂なのに絶えず水の湧く泉へ。
泉の中央には、石畳と同じ白い岩でしつらえられた小さな島がある。その島へ向けて、白い石造りの橋が、泉を南北を正確に示す形で渡してある。
ここの橋は十字ではなかったからあまり気にとめなかったが、正確な方位にこだわるのも古代都市の特徴だ。
丸く整えられた小島の表面には、真四角の薄板が(タイル)が規則正しく敷き詰められている。
その中央部には、花の刻まれた薄板が中心を取り巻くように円を描いてはめ込まれていた。素材はほかの薄板と同じもののようだから、庭園や泉が造られた当初から、こういう模様だったのだろう。
「この島も、橋も、昔からあるんだよな?」
「そうだと思うのですの。町にはこんな綺麗な白い石でできた橋はないのですの」
「なるほどな」
グランは頷くと、ルスティナの少し後ろで様子を伺っているヘイディアに目を向けた。
「あんた、なにかこの島から感じることはないか?」
「この泉全体から、いくらか強い力の気配を感じますが、この島から特に強く、というものはありません。この山頂は二つの力が混在していて源が判りづらいので、全体の気配に紛れているだけなのかも知れませんが」
「そうか」
「やっぱり、怪しいのはこの薄板ですよね」
石畳の中央にかがみ込んだ。
花の絵柄が刻まれた薄板は十二枚。それぞれが等間隔に、円を描いて並べられている。たぶんこの円の中心が、この泉の中央に当たるのだろう。
周囲の薄板様子を見ていたエレムは、花柄の板に囲まれた中央の板を指で確認すると、何かに気づいた様子でグランを振り仰いだ。
「この一枚だけ動きます。外れそうです」
わずかな隙間に指をあて、石板を外そうとするエレムに、かがみ込んだルスティナが自分の腰に挿していた短剣を差し出した。エレムは頭を下げてそれを受け取ると、板と板の隙間に刃先を差し入れた。わずかに浮いた薄板の縁を指で押さえ、引き上げる。
板が外れたその下には、また石の板があった。ただ、その板の中央には菱形のくぼみがある。
少しの間、それをのぞき込み、ルスティナとエレムとグランは、揃ってユカに目を向けた。ユカはぽかんとした顔で全員を見返し、問うような顔でなぜかヘイディアに目を向ける。ヘイディアは淡々と、
「それを、少し貸して頂けますか」
「こ……これ?」
ユカは目をぱちくりさせ、胸元の『法具』を手で示した。菱形の台座に、美しい青い石がはめこまれている。
ヘイディアが頷くと、多少戸惑った様子ながらも素直に鎖から『法具』を外し、ヘイディアに差し出した。
「ルスティナ様、法円の上にいると全員転移先に飛ばされてしまいます。ユカ様と少し離れた所に……そうですね、念のため、泉の上からも離れておられた方がよいかと存じます」
「承知した」
エレムから受け取った短剣を鞘に戻し、ルスティナは頷いた。島の真ん中に立つ三人をぐるりと見渡した後、グランにまっすぐ視線を向ける。
「くれぐれも、無茶などはせぬようにな」
「……判ってるよ」
それ以上の言葉が思いつかず、グランは不安げに自分を映す瑠璃色の瞳から目を逸らした。エレムがなぜか苦笑いを浮かべているのが、視界の端に見えた。ヘイディアは元から無表情だ。
ルスティナに肩を抱かれるように橋を渡り、泉の外側に出てから、ユカはやっと状況を理解したらしい。
「えっ、皆さんここから移動するのですの?! それ、持っていくのですの?」
「ああ、多分大丈夫です。前回は、そのまま法円のある場所に残ってました」
「前回ってなんですの……?」
「それより、使い魔くんを」
涼しい顔で答えたエレムに促され、それまでルスティナの肩の上でくつろいでいたチュイナが、素早く橋を駆け渡ってきた。足元にすり寄られ、多少戸惑った様子ながらもヘイディアがチュイナに手を伸ばす。
一方で、島の真ん中のくぼみに、法具をはめ込んだグランは、
「ここまでやって、なにも起きなかったら気まずいよな」
「今更なに言ってるんですか」
エレムは呆れた様子だが、法具を中央にはめ込まれた島の敷板自体に、特に何が起こる気配もない。
空振りか、と首を傾げていると、ヘイディアが何を感じたのか、ぐるりと自分の周囲を見渡した。
「お二人とも、島の上ではありません、泉の……」
目を瞬かせてグランとエレムも視線を移す。
時折静かに水を湧き出させていた泉の底に、今までまったく存在を感じさせなかった模様が青白い光と共に描かれ始めている。光の筋はぼやけることなく上に向けて伸び、陽光に輝く水面に一つの模様を浮かび上がらせた。
「これは……太陽の絵ですの?」
「『古き太陽』だそうだ。このように現れるのか……美しいものだな……」
あっけにとられた様子のユカと、その肩を抱いてこちらを見つめるルスティナの姿が、強まる青白い光に塗りつぶされていく。自分たちを取り囲むその光の中で、眩しさと、めまいに似た浮遊感を感じ、地面に手をついた姿勢のままグランは思わず目を伏せた。




