42.『扉』なる庭<2/4>
「でも、庭園にあるなにかを使って巫女がどこかに行けるわけじゃなくて、古い記録で『扉』って書かれてるだけで、実際の意味は判らないと言っていたのですの」
ユカはいまひとつ自信がなさそうに付け足した。
つかみ所のない話だが、古代人の遺跡が関わっているとなると、頭から笑って切り捨てるわけにもいかない。
「……“女王”は、この場所が、地下の彼女たちの住まいとつながりが深いって言ってましたよね」
エレムが記憶を辿るように首を傾げる。
「なら、この山頂は、もともとは地下の住まいの一部であった可能性もありますよね。あの庭園がこの山頂で一番古くからある設備だとしたら……」
「地下と山頂をつなぐ扉としての役割がある、という可能性も否定できぬな」
「どの部分にだよ?」
「それはきちんと調べてみねば。ただ、調べるにしても、明るくなってからの方がよいであろう」
「万一、どこかに転移の仕掛けが隠されていて、調べている最中に作動してしまったら困りますからね」
「でも、わたしも何回もあそこで遊んでるけど、特にかわったことはなかったのですの?」
「まぁ、いろいろと懸念せねばならぬことがあるのだよ」
不思議そうなユカに、ルスティナは穏やかに微笑んだ。
なにしろグランには、意図せず転移の法円を作動させた前歴がある。『ラグランジュ』と契約をしているグランの存在そのものが、稼働している古代施設の動作に何らかの影響を与える可能性があるのだ。
“女王”はグランを『寄り添いし者が共にありし者』と呼んだ。グランの剣の柄に刻まれた神代文字の言葉だが、この剣の柄はもとは『ラグランジュ』とひとつだったものだ。
女王は、グランが『ラグランジュ』の主だと知っているのかも知れなかった。
「なんだかんだで、ここの世話に来るというご婦人は、よくやってらっしゃるようですね。保存の利く食料も余分の備えがありますし、ユカさんのお友達が持ち寄って来たらしい菓子やお茶もきれいにしまってあります」
夕食の後、歴代の巫女が使っていたという書庫で、グランが地図や周辺の地理の記録を捜していたら、一通り建物の中を調べていたエレムが報告に来た。
本来調べ物はエレムの担当分野なのだが、時間も限られているのに、変な本でも見つけて全然関係ないところで夢中になられても困る。それに、ユカが建物の中のことをまったく把握していないので、食料や道具探しはエレムの方が都合がよかった。
「不意の嵐なんかで下と行き来が出来なくなった時のためのものでしょう。携帯用のランタンと燃料もありますから、一日二日程度の探索はなんとかなりそうですよ」
「なんだ、大事にされてるんじゃねぇか」
「若いお嬢さんをずっと縛り付けてることに、町の人も罪悪感を感じているのかもしれないですね。先代さんは、一生を棒に振ったような話ですし」
「まぁ、そんなんで町全体の水が保証されるなら安いもんだろうな」
「どうしてそんな言い方しか出来ないんですか」
咎めるようにそう言いかけたエレムは、外から聞こえる笑い声に顔を上げ、いくらか表情を緩めた。
ヘイディアが念のために、風を使って周辺を探ってみるというので、ルスティナとユカも庭に出ている。風を使ったルアルグの法術が面白いらしく、時折外からユカの歓声が聞こえてきた。
「法術使ってる横で、あんな風に騒がれて気が散らないのかね。ヘイディアはなにも言わないみたいだが」
「どうなんでしょう。ヘイディアさんくらい強力な法術師だと、初歩的な術に集中力はさほど必要ないのかも知れないですよ。ラムウェジ様は、多少の切り傷だとお説教しながら治してました」
「へぇ……」
「ユカさんも、なんだか嬉しそうですね。お友達が出来たように思ってるんじゃないでしょうか」
「ヘイディアが、お友達ねぇ」
あの無表情なヘイディアが、ユカと一緒にキャッキャとはしゃぐ姿を想像しようとして、グランは一瞬で断念した。
ヘイディアは対人恐怖の気があって、アルディラ付きの従者達とも常に距離を置いている。対象は老若男女を問わないが、自分の歳に近い男が特に怖いらしい。グランとエレムはなぜか平気らしいが、ヒンシアでの騒ぎの間、一緒に行動していたから、単に慣れただけかも知れない。
グランは肩をすくめ、見つけた地図をエレムに見せようと広げかけたところで、社の扉が開く音がして、外にいた三人が建物の中に戻ってきた。
「ルアルグの法術は、何度見ても驚かされるものであるな」
「すごいのですの! ルアルグの法術って、ああやって風を操るのですの! 知らなかったのですの!」
ルスティナの声と一緒に、なにやら興奮した様子のユカの声が、廊下を伝ってはっきりと聞こえてくる。




