37.『神様』の正体<2/5>
「……さっきの件で、かなり不安定になってるみたいですね」
しばらく経ってユカの寝室から出てきたエレムが、背後を気にしながら疲れた顔で声を掛けてきた。ヘイディアはまだユカに付き添っているらしく、姿も見せなければ声も聞こえない。少々疲れた様子のエレムを気遣うように見返して、ルスティナが頷いた。
「たとえここまで来てくれる友人がいても、本音をぶちまけることができなかったのであろう。泉の水が涸れれば生活に困るのは、町の住人なら皆同じだ」
「あんな事情で巫女になったのなら、山を降りたいなんて愚痴は、いくら友達でもこぼせないですよね」
「お告げの夢のこともあって、グランとエレム殿を救世主のように思って期待していたであろうからな。やっと味方が現れたと、安心されたのかもしれぬ」
「巫女として崇められて大事にされてるだけ、まだましなのかもしれないですけど……。信念も使命感もないのに、あんなお嬢さんがこんなところで一人で生活するのは辛いでしょうねぇ」
「……なんでそこで俺を見る」
「いえ、己の思うままに生きられる力があるのは素晴らしいことだなぁと思って……」
当てこすりなのか本音なのかさっぱり判らない。グランは言い返す言葉も思いつかず、トカゲの鼻先に木の枝をさしだしてぐるぐる回している。トカゲもつられて首をぐるぐる回している。
「……エレム殿が先ほどユカ様に飲ませた糖蜜湯のおかげで、いくらか落ち着かれたようにございます」
少し遅れて、ヘイディアが淡々とした顔のまま戻ってきた。確かにさっきまで聞こえていた嗚咽もだいぶおさまっているようだ。喋るだけ喋って疲れただけなんじゃないかともグランは思ったが、さすがに口には出さなかった。
「異質なるものに体を使われたことで、だいぶ消耗しているようです。もう少しこのまま休ませた方がよいかと存じます」
「それは構わぬが、下との連絡はどうしたものであるかな。夜になっても音沙汰がないとなると、さすがに心配していそうなものだ」
ルスティナが思案するようにあごに手を当て、窓の外に目を向けた。いくらか増えてきた小さな雲がほんのりと赤い色に染まり、空の青さは夜に向けて次第に濃さを増している。
「一度町に戻るとしても、巫女殿の力なしで麓に降りるとなると、相当時間がかかりそうだな」
「今からだと、まともに降りたら山中で真夜中になりそうですね、ちょっと避けたいです」
「……あの様子で、私たちを帰したがるでしょうか」
ルスティナの横に立ったヘイディアは、表情の薄い顔で首を傾げた。
「どうやらユカ様は、この山頂で生活してきた中で、知らずして“女王”に属する力の影響を大きく受けているのだと思います。お告げに導かれるままに街道をふさいだようすですが、それも、ここから解放されたいからお告げの言葉に従っただけではなく、“女王”にある程度思考を誘導されている可能性が高いようにございます。それに、ユカ様自身はともかく、“女王”が、ここまで呼びつけたグランバッシュ殿とエレム殿をそのまま帰したがるとも思えませぬ」
「……」
グランが露骨に眉をしかめて、エレムが苦笑いを浮かべる。ルスティナも頷き、
「ヘイディア殿は、ユカ殿が見たというお告げの夢? ……幻? それに関してはどう思われる?」
「ユカ様がアヌダ神からのお告げと感じている以上、その可能性は大いにあり得ます。昔話の類いで恐縮ですが、夢や幻を用いて、ルアルグやジェノヴァが民を導いたという伝承は多くございます」
「ふむ」
「しかし、その後に聞こえてきた声に関しては、神が人間相手にそこまで干渉するものかと、疑問に感じるのです。……思うに“女王”はお告げの幻に便乗して、自分たちに都合よくユカ様が動くように導いているのでしょう」
「お告げの幻が真であるなら、あるいは逆に、“女王”の動きも織り込み済みなのかもしれぬが……」
「……さっきから、『アヌダ』って神様がいい奴みたいな前提で話してねぇか?」
黙っているとどんどん話が進みそうなので、グランは思わず口を挟んだ。
「世の中には、神様の振りして人間を騙して自分の都合のいいように操る“神でも人でもない存在”ってのがあるんだろ? キルシェは精霊って言ってたが」
「存じております。逆に、人間がその存在を都合よく扱うこともあるようでございます。キルシェ殿のように」
ヘイディアは淡々と頷いた。
「ですが、ユカ殿から感じる力の気配は、どうも私には、法術のもののように思えるのです」
「法術と?」