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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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35.巫女様と招かれし者たち<7/7>

 全員の視線を浴びて、まっすぐにグランを見据えるユカの表情は、確かにたった今までのおどおどした様子とは一変していた。

 夏空のように明るかった紺碧の瞳が、今は海を凍らせたように冷たい輝きを放っている。全体から感じられる雰囲気も、それまでとは全く違う高貴さを湛えていた。

『この娘は、己の持つ力をもてあまし、自分の置かれた状況を打開したいと思っていただけ。わたくしは、それを利用したに過ぎませぬ。責められるべきは妾どもにございます。しかし今は、どうぞお怒りをお鎮めください』

「わたくしどもって……」

『おっしゃるとおり、本来であればこちらから直接参ずるべき所、しかし妾どもは今の場を動くことが出来ませぬ。それに、直接頼んだ所で、すぐに良いお返事をいただけるとも思えず、こうして回りくどい招き方をせざるを得なかったのでございます」

 ユカの変わりようにあっけにとられていたエレムが、やっとのことで声を絞り出す。

「確かに、今までとは違う気配を感じますけど……あなたは、どういった方なんですか?」

『妾どもは、この地に今の人間の町が出来る前から、この地に住まうものでございます。地の力に護られし御方』

 どうやら、エレムがレマイナの神官であることを知っているらしい。

「この地とは、この山頂のことですか?」

『いいえ、あなた方の足元、ずっと深くに』

 グランは思わず、自分の踏みしめる地面を見下ろした。見えるはずがない、その下の何者かをのぞき見るように。

「……この山地一帯を覆う大きな力の気配は、あなたたちのものでございましょうか」

『あなたが感じているものが、妾どもの住処に満ちる力のことであるなら、その通りにございます。風の力を操る御方よ』

「……で、なんなんだよ、あちこちで騒ぎをでかくして、こんな所まで俺たちを呼び出したのは」

『簡単に申し上げれば、あなたにお願い事がございます。でもそれをお伝えするには、あなた方に妾たちの所まで来ていただく必要があるのです』

「来たじゃねぇか」

『ここではございません、妾たちの所にでございます』

「……はぁ?」

 やっと、ユカの中の何者かのいっている意味に気づいて、グランは間の抜けた声を上げた。

「それって、地下まで来いって事か?!」

『ここでいくら言葉で申し上げても、今の時代の人間には理解しがたいことにございますゆえ』

「冗談じゃねぇよ! ろくに詳しい内容も話さないで、地下まで来いってなんなんだよ?! そもそもこの土の下でどうやって生活してんだよ?!」

『ですから、それは言葉で申し上げても理解いただけないでしょう』

「やってみなきゃ判らねぇだろうが!」

「……埒があかぬな」

 驚いた様子ながらも、黙って話の内容に耳を傾けていたルスティナが、静かに首を傾げた。片手で制され、仕方なくグランが口を閉ざす。

「少し話を整理しようか。まず、ユカ殿……の体を借りて話をされている御方よ、呼びにくいので、名前くらいは教えていただけぬかな」

『私に個体を識別する名はございませぬ。強いていうなら、“女王”と』

「王族にあられたか、これは失礼いたした」

『便宜上のことでございます、皓月将軍よ』

 思わぬ所で二つ名を呼ばれ、ルスティナは軽い苦笑いを浮かべた。どうやら、この中で一番余裕を持って“女王”と話が出来そうなのは、ルスティナのようだ。

「では“女王”よ、順を追って問いたいのだが、街道を岩山でふさいだのは、そなたらの仕業であるのか」

『はい、この娘の力を利用はしましたが、そう仕向けたのは妾どもにございます』

「してそれは、エルディエルとルキルアの部隊を足止めすることで、グランとエレム殿をここに呼びつけるためだったと」

『左様にございます。妾どもは人間の前に出てはならぬという制約に縛られており、直接出向くことは叶いません。この山頂は、妾どもの住まいとのつながりが強く、今この娘を通して会話しているのも、この場でだからこそ出来るのでございます』

「ここで二つの力が混ざり合っているように感じるのは、この場がアヌダ神だけのものではないからなのですね」

 ヘイディアの言葉に、“女王”は静かに頷いた。ゆっくりと、またグランに顔を向ける。

『“寄り添いし者と共にありし”お方よ。こちらまでお越し頂き、妾どもの頼みを聞いて頂ければ、道をふさぐ岩山はすぐにでも取り除くよう手配いたしましょう』

「“寄り添いし者”……って、それって」

 エレムはいいながら、はっとした様子でグランに目を向けた。グランは珍しく真面目な顔で、“女王”を睨み付けている。

 グランの剣の柄には、現代では滅多に用いられず、読める者も限られた神代文字が刻まれている。その文字の意味が『寄り添いし者』なのだ。

“女王”は神代文字について知っていることがあると、匂わせているのだ。

『直接お会いできれば、あなた方にとっても有益な話をすることが出来るでしょう。お待ちしております』

「有益な話って……えっ、おい!」

 聞き返そうとしたグランの目の前で、それまでの穏やかで気品にあふれた“女王”の笑顔が、ふっと虚ろなものに変わる。ユカを包んでいた“女王”の気配が急速に薄れていることに気づいて、グランは思わず呼び止めようと声を上げた。

 だがユカは、ぼんやりとグランを見返したあと、いきなり全身の力が抜けたようにぐったりと、背もたれに沈み込んでしまった。

 様子がおかしいのに気づいたエレムがとっさに椅子に飛びつき、背もたれごとユカを抱え込んだ。

「……気を失ってますよ。今ので、よっぽど気力を消耗したんですね。横にならせた方がいいと思います」

「巫女殿の私室があるであろうから、少し休んで頂こうか。ヘイディア殿、手間をかけるが、巫女殿の寝室を捜してもらえぬか」

「承知いたしました」

 ヘイディアが頭を下げ、奥の扉から建物の中に入っていく。ルスティナは立ち上がり、自分のマントを外してユカの体にかけてやった。

「ただ話を聞きに来たはずが、長丁場になりそうであるな。それにしても、かような娘御が、一人で山頂に住んでいるのか。……ただ美しいだけの町ではなさそうだ」

 腰をかがめ、気遣うようにユカの髪を整えているルスティナを眺めて、グランは頬杖をついたまま大きくため息をついた。テーブルの上では、主の様子などお構いなしに、水のトカゲが桶の中で気持ちよさそうに泳いでいる。

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