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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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33.巫女様と招かれし者たち<5/7>

 ご神体は、銅でできた菱形の板を台座にした桶のような形をしている。ここのものも、麓の社にあったものとそっくり過ぎて、ご神体と言われるほどの古さもありがたみも感じられない。

 社の建物はかなり古いのに、あのご神体はどう見ても最近に――麓の社のものとさほど変わらない時期に作られたように見えるのだ。案の定、ユカは醒めた目つきで首を振った。

「これは、二〇年くらい前、麓にも社を建てるって決まったときに、サバナさんが作らせたものだって聞いてるのですの。町の人は有り難がってるけど、水が入る以外になんの意味もないのですの」

 銅は手入れさえきちんとすれば、光沢を保つのは難しくない。鉱山の近いこの周辺では比較的入手しやすいのだろう。

 古い土着の神や精霊を有り難がる者たちの多くは、人間には見えない、形など判らないはずのそれらに”似せた”像をこしらえて、祭り上げるのも好きなものだ。そういえばあの老女、下ではやたらと巫女を立て、自分自身も威厳あるように振る舞っていたが、運営者としてもなかなかやり手なのかも知れない。

「あ、でもこの形、アヌダと全然関係ないわけではないのですの」

「へぇ?」

 言いながら、ユカは自分の胸元に指を入れると、首にかけていた細い銀の鎖を服の下から引き出した。

 鎖の先には、手のひらにおさまるほどの大きさの、菱形の金属を土台にした飾りがぶら下がっている。

 菱形の板の上に、祭壇の桶と同じ形の丸いものが形作られている。桶に溜められた水に当たる部分には、海に星の川を散らしたような美しい青い石がはめこまれていた。石の大きさは、親指と人差し指で円を作ったくらいはある。宝石として考えたらかなり大きい。

 台座の四隅に小さな穴が開いているから、本来は首飾りではなく、ベルトや服の一部として作られたものなのかも知れない。

 そしてその土台に当たる部分は、どうにも見覚えのある色の金属で出来ていた。銅を暗くしたような、でも透明感のある不思議な輝きの……

「これは……瑠璃であるか。美しい石であるな」

 テーブルの中央におかれたそれに気持ち顔を近づけ、ルスティナは素直に感嘆の声をあげた。その横で同じように観察しているヘイディアは、妙に真剣な顔つきだ。

 単純に感心した様子で一緒にのぞき込んでいたエレムは、何かに気がついた様子でグランに目を向けた。

「これって、グランさんの剣の柄と、同じ金属じゃないですか?」

 頷く代わりに、グランも立ち上がった。

 近づいてよく見れば、確かに金属部分の色合いも質感も、自分の剣と同じ素材のように思える。指先で触れれば、石のような金属のような不思議な感触なのも、同じだ。

 だが、剣の柄に触れているときのような、『自分のためのもの』という感覚はない。石はまるで星を散らした明るい夜空のように美しいが、これを強いて欲しいとも思えなかった。

「……法術とは異なる力が宿っているのを感じます」

 黙って『ご神体』を眺めていたヘイディアが、静かに口を開いた。

「グランバッシュ殿の剣から感じる気配とも似ていますが……。推測ですが、これには古代魔法に由来するまじないがかかっているのではないでしょうか」

「えっ、でもこれはアヌダ神の法具なのですの?」

「あなたが持っている資質とは、根本的に別の力のようです。ただ、水に関わる力と親和性が高いように思えます。私が今の時点で判るのは、これくらいです」

「えぇー?」

 ユカは腑に落ちない様子だが、ヘイディアは眉一つ動かさない。

 ヘイディアは生真面目だから、今までの認識や常識と違うことを目にしても、目の前の事実をねじ曲げるような勝手な思い込みはしないようだ。一方で、必要な判断材料がないうちは、整合性を持たせるための推測もできないらしい。

 少しの間、なにやら思案していたルスティナは、気分を切り替えるように軽く目を伏せた。穏やかな笑顔をユカに向ける。

「法具の詳しい話はさておき、巫女殿からは今までの経緯を順を追って伺いたいのだがよろしいかな」

「あ、はい!」



 長椅子は向かい合った形に二つ置かれているから、四人くらいなら十分座れる。だが、ヘイディアは腰掛けたルスティナのそばに立ったまま、座ろうとしない。ヘイディアが座ろうとしないので、エレムもあわせて、少し距離をとって立っている。グランはルスティナのはす向かいに遠慮なく座り、足を組んでいる。

 ユカは祭壇に背を向け、籐の椅子に腰をかけた。全員に囲まれた形のテーブルの上には、ユカがつけていた法具が置かれ、更にその横には『ご神体』が置かれて、その中で水で出来たトカゲが気持ちよさそうに遊んでいる。

 全員の前には茶を満たしたカップが用意されているが、これは炊事場を教えられたエレムが用意したものだ。ユカは、来客をもてなすための気配りがあまりできないらしい。

「……この法具、普段はチュイナを操る時に使ってるのです。使い方は先代から教わったのですけど、使い魔を操れることはサバナさんも知らないのですの」

 言いながらユカは、水の中で遊ぶトカゲを指でつついた。

「ほう」

「チュイナは水さえあれば、すぐに作ることが出来るのですの。チュイナの見ているものは、頭の中でなんとなく見ることができますの」

「頭の中で見る?」

「うーん? 考え事をしているみたいに、頭の中に、自分の目で見てる光景とは違うものが浮かんでくるのですの」

「起きたまま夢を見ているような感じで、トカゲが見ている光景を見るのであるかな?」

「うん、そうですの。はっきり声が聞こえるわけじゃないけど、話してる内容も、なんとなく判るのですの。あなたたちが町にやってきてからは、ちょこちょこチュイナを通して様子を見てたのですの」

「なるほど。巫女殿がグランとエレム殿の特徴を知っておられたのも、その使い魔殿を通してであるのだな」

「それもあるけど……」

 巫女は少し言葉を考えるように首を傾げた。

「……あなたたちが来るちょっと前くらいですの? 同じようにチュイナを使ってたら、いきなり頭の中に違う光景が割り込んできたのですの」

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