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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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31.巫女様と招かれし者たち<3/7>

 近づくと、建物の陰に誰かが立っているのがすぐに判った。隠れているつもりなのだろうが、気配の晒し方が無防備で、なにやらぶつぶつと小声で呟いているのも聞こえてくる。

「――落ち着けユカ、落ち着くのですの、あの二人のどっちかがわたしの王子様かも知れないのですの」

 ひょいと顔をのぞかせると、社の建物の脇で、壁にぴったりと背中をくっつけた、十代半ばと思われる娘が、胸元に片手を当ててなにやら深呼吸をしているらしい様子が見えた。

 色の薄い金髪が、光を受けると翠玉色エメラルドグリーンに輝いて、陽光に輝く南国の海を思わせる。夏空のように澄んだ紺碧の瞳も特徴的だ。服も、巫女というよりは異国の女神のような、裾のたっぷりした白い外衣ペプロスで、裾は淡い青色に染め上げられている。

 一見すると神秘的ないでたちだが、顔立ち自体は特に際だったものはない。容姿としてはごく一般的な水準だ。

「ここはまず、アヌダの巫女として神秘的な印象を与えて雲の上っぽい距離感を醸し出した後で、ちょっと天然でドジっ子な部分をちらっと見せて親近感を増大させて、守ってあげたい欲求を刺激し……」

「……なにやってんだ?」

「あきょうひょわぁぁっ?!」

 グランに声を掛けられたとたん、娘は謎の悲鳴を上げて飛びはねた。神秘的もへったくれもない。

「いっ、いつのまにですのっ」

「いつの間にも何もおまえが呼んだんじゃねぇのか。ここまで人を歩かせてなにやってんだよ」

「そ、そうでしたのですの……」

 娘は胸元に手を当てて呼吸を整える仕草をすると、改めてグランをしげしげと見上げ、首を傾げた。

「……おかしいのですの? 見た目はとってもかっこいいし軍の偉い人達とも仲がいいから、きっと身分を隠した貴族の御曹司かお忍びの王族かと思ってたのに、ちっとも紳士っぽくないのですの?」

「期待に添えなくて悪いんだが、俺はただの傭兵だぞ」

「な、なぜわたしの考えていることが判るのですの!」

 娘は驚愕した様子で口元を押さえた。

「さっきから心の声が口からだだ漏れてるじゃねぇか」

「はっ、山頂の一人暮らしのせいで独り言の癖が……」

「グラン、誰と話しているのだ?」

 怪訝そうに、後ろからルスティナが顔をのぞかせる。その手のひらには、自分達を先導してきた水のトカゲが、居心地良さそうにおさまっていた。

「……なに持ってるんだよ」

「いやいや、なかなか人なつっこいようでな。それに、触っているとひんやりして気持ちよいのだ」

「噛むような牙もなさそうですしねぇ……」

 ヘイディアと一緒に追いついてきたエレムが、苦笑いしながら付け加えた。

「も、もう、なにやってるのですのチュイナ! わたし以外の人に気安く近寄ったらだめですの!」

 焦った様子の巫女に叱られて、チュイナと呼ばれたトカゲはちらりと顔を向けたが、すぐに知らん顔でルスティナの指に頬ずりしはじめた。

「もー! わたしの使い魔なのに、わたし以外の人に愛想を振りまいてどうするのですのー!」

「やはり、あなたの術で動いているのですか」

 それまで黙って様子を見ていたヘイディアが、淡々と声をかけた。この騒がしさでも雰囲気に飲まれないヘイディアに、娘は多少気後れした様子を見せたものの、すぐに胸を張り、

「と、当然ですの。わたしは水を司る神、アヌダの巫女ですの」

「……野営地や村長達との会合の場所でも、こいつを使ってたろ?」

 野営の時の木の枝の上や、会合で視線を感じて探った木の幹には、水の痕跡があった。グランに問われ、巫女は少しひるんだ様子で頷いた。

「そ、そうですの。この子を使ってあなたたちの様子を見ていたのですの。今まで誰にも気づかれたことはなかったのに、どうしてあなたには判ったのですの?」

「グランさんは、生き物の気配や視線に敏感ですからね」

「人を野生動物みたいに言うんじゃない」

「優れた戦士は、常に周りに気を配っているものであるからな」

「なるほどですの……普通の人とは違う資質をお持ちのようですの」

 ルスティナのもっともらしい言葉に、巫女は感心した様子で頷いている。

「やっぱり、お告げはまことのようですの。あなた方こそ、わたしをここから連れ出してくださるために使わされたお方ですの」

「はぁ?」

 確信に満ちた目で見据えられ、グランとエレムは揃って目を瞬かせた。

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