29.巫女様と招かれし者たち<1/7>
水で出来ていながらも、トカゲはトカゲらしく、垂直の壁を上るのも苦ではないようだ。四人を先導するように、自分の背の数倍はある白い石段を、自力で器用に登っていく。その後にうっすらと残る水の筋。
今まで自分の周りで気配をちらつかせていたのはこいつだったのかと、納得したと同時に気の抜けるような思いでグランはため息をついた。どうやら巫女が自分たちの特徴を知っていたのは、この『使い』を通してこちらの様子を伺っていたからなのだろう。
こんなものまで見せられたら、これ以上の何を見せられてももう驚くことはあるまい、と思っていたのだが。
「……なんだこりゃあ」
トカゲに先導され、先頭に立って参道を登り切ったグランは、そう言ったきり言葉を失った。
今まで参道の両脇を覆っていた木立が、山頂では大きく切り開かれている。そこに広がるのは、水を湛えた池を抱き、白い石畳と鮮やかな緑が調和した美しい庭園だった。
山頂にあるから庭園自体は広大と言うほどではないが、目の前にある泉は馬車が一台、すっぽりとおさまりそうなほど広い。池の縁は積み上げられた白い石垣で囲まれていて、縁から底までの深さは大人の腰ほどある。今の水量はその半分程度だが、水はとても澄んでいて、砂利の敷かれた水底まで陽光が差し込んでくっきりと見えた。
しかも時折、水底の砂利の所々が陽炎のように丸く揺らいで、ふわりと水が湧き出してくるのだ。とても、雨水を貯めているようには思えない。
泉の北側にには、簡単な水門が設けられ、そこから参道の中央に作られた溝へと水が流れていた。やはりここから、麓の社のそばにある遊水池に水を送っているようだ。
庭園の更に奥には、麓の社と同じ形の建物があったが、そこに至るまでに人の姿はない。動いているのは、風に揺れる花木と、湧き出す泉の水面くらいだ。
「これは……山頂にこのような美しい泉が……」
グランの横に追いついたルスティナが、素直に感嘆した表情を見せる。いつもは表情に乏しいヘイディアも、庭園の美しさに驚いた様子で大きく辺りを見渡している。
参道から続く石畳はそのまま、池の上に渡された細い橋につながっている。池の中央には、どうした意味があるのか、石畳と同じ白岩で丸い小島がしつらえてあるのだ。先にそこまで進んだトカゲは、庭園の入り口で立ち止まったまま辺りを見回す訪問客達を、不思議そうにふり返った。
「……きちんと設計された庭園のようでございますね。庭園が十字の通路で区切ってあるのも、何か主題があるのでございましょうか」
グラン達から一歩下がって、素直に感心しているルスティナを見ていたヘイディアが、橋の先に視線を向けて声を上げた。
確かによく見れば、庭園全体がきちんと計算されて作られたようにも見える。山頂庭園全体は綺麗な円になっていて、その庭園を白い石畳が綺麗に十字に区切っているのだ。その石畳が交わる庭園の中心も、まるで緑の海の中に作られた小島のように、石畳で丸くかたどってあった。
こんな形のものを、前にどこかで見たことがあるような気がする。グランは池の手前から全体を眺めたまま、記憶をたどろうと首をひねった。
「……これって、古代都市を上から見た図と同じじゃないですか?」
グランと同じような顔で首をひねっていたエレムが、何かに思いついたらしく声を上げた。
「古代都市……」
「ほら、キャサハの古代都市も、こんな感じだったじゃないですか。ここの石畳も、東西南北に区切られていたとしたら……」
「ああ……あれか」
そうだった、『ラグランジュ』のありかを探しに、キャサハに出向いたときに見かけたのだ。できれば思い出したくない出来事の一部になっていたので、すっかり失念していた。
古代都市遺跡は、大きな通りで東西南北に正確に区切られている。夜空の星を重要視していた古代人は、都市のどこにいても方位が正確にわかるように計算していたようなのだ。
今自分たちは北から上ってきたが、太陽の位置から大まかに考えれば、この交差する石畳もやはり東西南北を示しているように思えた。
しかし都市遺跡には、それとは別に必ず存在するものがある。都市の中心部に作られた『神殿』だ。
『神殿』とは便宜上の呼称で、実際何に使われていたかはよく判っていない。白い石で作られた真四角の建物で、北以外の三面には、古代都市の象徴である太陽の壁画が描かれている。
この庭園が古代都市を模したものなら、石畳の通路が交わる中心部にも、『神殿』を模した建物がありそうなものだが、見た感じそんなものはない。
「形だけならありがちだからなぁ、ただの偶然かも知れないが」
「いえ」
それまで黙って、グラン達の会話を聞いていたヘイディアが、軽く首を振った。




