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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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28.巫女様の招待<4/4>

「たぶん、今までと同じように戻されたのだと思います。下に向かって歩けば麓に戻れるはずですから、危険はないでしょう」

「それはそうでしょうけど、オルクェルさん達が、僕らがいなくなったと心配しそうですよ」

「ああ……」

 ヘイディアは初めて気がついた、というような様子で目を瞬かせた。自分が心配される側になっているとは、考えつかなかったようだ。

「大丈夫じゃねぇ? これが巫女の意志ってやつなら、またあの社に巫女から連絡が行ってんだろ」

 オルクェルにしてみれば、グランとルスティナが一緒に残ってることのほうが問題かも知れない。冷や汗をかきながらアルディラに経緯を報告するオルクェルの姿を思い浮かべつつ、グランは今まで自分たちが上ってきた道をふり返った。

 木立の合間から見えるふもとの風景は、思っていた以上に遠く小さく見える。空気がひんやりしたと思ったのは、空間が開けて風通しが良くなったこと以上に、『道が開』かれたことで一気に標高の高い場所に移動させられたからなのだろう。

「あいつらなしで先に進むのが心配なら、一回戻ってもいいけどさ、どうする?」

「ヘイディア殿が、悪いものは感じないというのなら、よさそうであるな。エレム殿も、おかしな気配は感じないのであろう?」

「そうですね……。巫女さんが、僕らを残したのには理由があるんでしょうし」

「下にはエスツファ殿もいるし、うまく対処してくれるであろう。今はまず、巫女殿に会いに参ろうか」

 ルスティナもいつも通り、まったく臆する気配はない。代表者がオルクェルからルスティナに替わっただけと思えば、対話に向かう形式としても不都合はないだろう。

「あ、じゃあ俺が先頭を歩くから、エレムは一番後ろを……?」

 ルスティナがさっさと歩き出そうとしたので、慌てて声をかけたグランは、ふと視線を感じて広場の中央の小さな池に目を向けた。一拍遅れて、ヘイディアも怪訝そうに同じ方向に顔を向ける。

 池の水面は、山頂から続く水路から流れ込む勢いで波が立つのとはまた別の、不思議な動きを見せていた。まるで、見えない魚が水面から背をのぞかせて泳ぐような。

「あれ……なにかいます?」

 目を瞬かせ、エレムも視線を向ける。同時に、水面が急に『盛り上がった』。

 先端がとがった、小さな生き物の頭のような形に。

 どうひいき目に表現しても『水で出来たトカゲ』としか言いようのない“それ”は、そのまま池の縁に這い上がると、挨拶するように立ち上がった。手のひらの中に収まりそうなほどの小さな“それ”を見て、ルスティナは穏やかに目を細め、背をかがめる。

「これは……変わったトカゲであるな」

「変わったとかじゃねぇよ、おかしいだろこんな生き物」

「それは、そうであるが」

 グランのつっこみにも、ルスティナはあまり動じた様子がない。

 表皮がほぼ透明なのはまだいいとしても、その下の肉に当たる部分も全部、水が詰まったように透明で、下の地面まで透けて見える。しかし、生き物ならあるはずの骨や内臓は見えない。寒天で作った菓子のような見た目ならまだ判るのだが、あまりにも見た目の質感が水そのものなのだ。

「これは……」

「水、……ですね」

 言いながら、エレムが問うようにヘイディアに目を向けた。ヘイディアもエレムと目が合うと、驚いた様子ながらも小さく頷いている。

 トカゲは、その場の全員をぐるりと見渡すと、池の縁からぴょこんと飛び降り、広場から更に上に続く石畳に向かって歩き始めた。動くと、まるでナメクジでも這ったように、水跡の筋が地面をついていく。

 トカゲは少し経つと振り返り、水でできた舌をちろちろと出して、また歩き始めた。小さい割に、なかなか足が速い。

「どうやら、巫女殿の遣わされた道案内のようですね。ついていって構わないと存じます」

「なるほど、こういった形で水を操ることが出来るのか」

 ルスティナは特に不思議がる様子はない。変にうろたえられるよりはいいが、やたら柔軟なのもどんなものなのか。微妙な表情のグランを見て、ルスティナは子どものような笑顔を見せた。

「まるで偉人の冒険譚にでもでてくるような出来事であるな。世の中にはまだまだ、不思議で面白いことがたくさんあるようだ」

 やはり楽しんでいる。肝が据わっているのか、世間知らずなだけなのか。どう反応すればいいのかとっさに思いつかず、グランは曖昧に頷いて見せた。

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