20.巫女様の助言と予言<3/4>
「た、確かに、道はあるにはあるだやが、巫女殿によしとされぬものは住まいにたどり着くことができないのだや」
「構わぬよ。我らは別に巫女殿と争論したり、言い負かしたいわけではないのだ。我らの訪問を、巫女殿が拒む理由などないであろう」
これが短気なもの相手なら、『お前達はよしとされないかも知れない』と言っていると取られ兼ねないものの言いようだ。だが、エスツファはさらりと受け流し、
「ただ話を聞きたいと思って訪ねる者を、無碍に追い返すようであれば、逆に話の内容を疑わねばならなくなるであろう。だが、巫女殿はそれなりの根拠があって予言を告げられているのであろう?」
「そ、それは……まぁ……きっと……」
「では巫女殿に取り次ぎ願うためにどうすればいいかを、これから相談いたそうか」
エスツファの言っているのは正論なので、反論できない町長は落ち着かない様子で曖昧に頷いている。一方で、下座にいるほかの首長達のざわめきは、さっきよりも大きくなっていた。
自分たちの生活道路を犠牲にした上、エルディエルを怒らせるような危険を冒してまで作業を拒む巫女の言葉を、疑問に思い始めたものが出てきたのだ。
逆に、話が動き始めたことで、アルディラのイライラはある程度解かれたらしい。少し疲れた様子ながらも、ほっとした表情で頬杖をついている。
なんにしろ、巫女との直接対話となれば、ますます自分の出る幕はなさそうだ。腕組みしたまま壁にもたれて様子を見ていたグランは、やれやれと首を回した。
折を見て抜け出そうかとさりげなく辺りを伺ったところで、ふと視線を感じたような気がして、グランは裏庭に面した窓に目を向けた。
町の者がこっそり様子でも見ているのかと思ったが、あいた窓からのぞき込んでいるような人影はない。窓の外に立つ木の枝葉が風にそよいで、外からの光を遮っているのが見える程度だ。
だが、どうにも変な感じがして、グランは部屋の壁際から窓に向けて近寄った。
グランの動きに気づいたのはエスツファだけだったらしい。オルクェルとアルディラは、言いわけめいた話を続ける町長達の相手をしている。
下座でざわめく者たちを横目に、グランは壁沿いに窓際まで近づき、顔を出してみた。だが窓の外はおろか、南側にある山の斜面に続く木立の中にも、人の姿はない。
気のせいかと首を傾げた視界の端で、一瞬なにかが小さく輝いた気がして、グランは顔を上げた。
窓のすぐ側に立つ背の高い木の少し上で、細い枝葉がかすかに揺れ動いている。グランは窓枠に手をかけてそれを乗り越えると、揺れ動く部分をよく見ようと木の下にまで近づいた。
しばらく見上げていたが、特になにかがいる様子はない。
鳥でも飛び立ったのだろうか。首を傾げながら、建物の正面に戻ろうと踵を返――そうとしたところで、グランは木の幹にうっすらと黒い筋がついているのに気がついた。
水の跡だ。
まるで水に濡れた小動物が、木の幹を這い降りていったかのように、一筋の水跡が枝葉から木の根元へ向けて伸びているのだ。その筋を追いかけて足元の草むらに視線を這わせると、半端に伸びた草の所々に、点々と水滴がつき、太陽の光を受けて輝いている。それが続く先を見定めようと、グランは気持ちかがみ込んだ。
「……あっ、グランさん」
目を凝らして草むらを見つめていたグランは、遠くから声をかけられてはっと顔を上げた。
庭を囲む柵の向こうにある小径の先で、エレムと並んだリオンが手を振っている。
「なにやってるんですか? 会合に飽きて逃げ出してきたんですか?」
「違ぇよ、ちょっと気になる事があって様子を……あれ」
近寄りながら言い返そうとしたグランは、エレムの後ろに続いて歩いてきた人物に気づいて目を瞬かせた。
「やぁ、兄さん、また会えて嬉しいよ」
小柄な馬の手綱を引いて、南方系の色濃い肌が特徴的な、背の低い男が人なつっこい笑みを見せた。昨日荷馬車の車軸が壊れて立ち往生していたのを助けてやった、あの小男だ。
「なんだ、もう荷馬車は直ったのか? 枯れ谷に行くんじゃなかったのか」
「いやいや、まだ荷馬車の方は全然だよ。おいら、この町の先で変な崖崩れがあったって聞いて、野次馬しにきたんだ」
言いながら、リノは連れている馬に目を向けた。鞍の上に座るランジュが、楽しそうに鼻唄を歌っている。
「話だと、崖崩れの跡なんかないのに、岩が道をふさいでるっていうでしょ。ちょうど兄さん達に、大蟻の巣穴の話をした後だったからさ、気になって見に来たんだよ。いやぁ、すごいね、ほんとに崩れた跡がないんだもの」
「なんだ、もう見にいってきたのか」
やはり、リノも同じように思い出したらしかった。
「で、どうだった? 巣穴はあったか?」