18.巫女様の助言と予言<1/4>
サフアの町役場は、広場から更に山側へと、通りを抜けた先にあった。山中の町らしい、素朴な木造の建物だ。その大広間は、近隣の村長や長老達でいっぱいになっていた。
この近辺の習慣なのか、広間には上座に当たる場所以外に椅子がない。集まった者たちは向かい合って、敷物の上に座っていた。アルディラが上座に座り、その周りにオルクェルや護衛の兵士が立ったまま控える形になった。数人の部下を従えたエスツファとグランは、傍観者のような顔でアルディラ達から少し離れた壁際に控えていた。
それまでざわざわとなにやら言い合っていた近隣の首長達は、アルディラが現れるとさすがに緊張した様子で静まりかえった。だが、その横に立つオルクェルが、再度撤去を拒む理由を問うと、
「巫女様が、今は撤去しちゃならないと言っておられますだや」
「だから、その巫女とは何者であるのだ」
「水神であるアヌダ様に仕える巫女様ですだや。南の山頂にアヌダ様のお社があって、巫女様もそこに住んでおられますだや」
独特な訛りの混ざった言葉で、上座に一番近い場所にいたサフアの町長はおどおどと答えた。
「裏側が枯れ谷なのに、山のこちら側が年中水に困らないのは、巫女様の祈りに応えてアヌダ様が水脈を保ってくださってるからなんですだや。そのアヌダ様に仕える巫女様がダメだと言われることは、やっちゃなんねえんだや」
「水脈を保つ祈り……?」
「山頂のお社を代々守ってくださる巫女様のおかげで、雨が少なくて高い場所にある辺りも水に困らないんだや。この辺りの村や集落は、アヌダ様の守る泉のおかげでやっていけてるんですだや」
態度はおどおどとしてはいるが、町長も集まった首長達も、本気でそう思っているらしい。
エスツファに視線を向けられ、隣で壁にもたれて話を聞いていたグランは、軽く肩をすくめて見せた。ばかばかしいと笑うにも、町長達がそう信じている理由自体がまだよく判らない。
「そなたらがアヌダという神や巫女殿を大事に思っているのは判った。我らとしても、この地域の古き風習は尊重したい。しかし、実際的な問題として、街道を通れなければ困るのはそなたらも同じではないのか?」
真面目な顔で、オルクェルは村長を見据えた。
しごくまっとうな意見である。オルクェルの冷静な言葉に、集まっている首長達は揃って顔を見合わせた。
「今撤去してはならないというのは、誰のための言葉なのだ? 街道をふさぐ岩山をそのままにしておくことで、ほかの誰かになにか良いことがあるのか?」
「そ、それは……」
全員の視線を浴びて、町長は目に見えて言葉に詰まっている。どうやら、ダメだといわれているだけで、その理由までは誰も知らないらしい。
それまで黙って聞いていたアルディラが、イライラした様子で眉をひそめた。
アルディラはわがままで気まぐれだが、筋の通らないことを嫌う。
エルディエルは天空神ルアルグの守護を受けているとされている。ルアルグ教会とのつながりも深く、公族たちはルアルグの法術師を身近に仕えさせているから、人知を越えたものの存在自体にはさほど抵抗はないだろう。こちらが知りたいのは、その巫女とやらの言葉に、どういった根拠があるか、なのだ。
なにか彼らなりの理由があると思って話を聞きに来たのに、『理由は判らないがそう言われているから』と言われるだけでは、我の強いアルディラが納得するわけがない。
オルクェルもそれが判っているから、なんとか詳細を聞き出そうとしているのだ。アルディラのイライラを察して、オルクェルの表情にも焦りが見えて来た。
「ちょっとよろしいかな」
それまでグランと並んで様子を見ていたエスツファが、軽く片手を挙げて一歩前に出た。