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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
201/622

16.公女様と収穫祭<4/5>

 エスツファの肩の上で、ランジュも楽しげに手をぱちぱちさせている。エレムも、こうした風習を直に目にしてなかなか興味深そうだ。

 その横で、グランとオルクェルは手拍子もそこそこに娘達の動きに見入っていた。

 跳ねる葡萄の汁と一緒に踊るスカートの裾から、娘達の白く透き通った脚がチラチラと見える。正直、それをじっと見ているのもどうかと思うのだが、健康的な美しさだけに目を逸らすのもそぐわない気がする。

 結果、あまり関心のない素振りを装いつつもしっかり見物している男達の図ができあがった。さすがにオルクェルも、緩みそうな頬を必死で抑えているようだ。

「収穫祭は、男女の出会いの機会でもあるからな。良い風習であるな」

 心の声をそのまま口にしているエスツファに、グランもオルクェルもとっさに返答出来ずにいると、

「収穫祭でのこうした催し物は、町の男達が好みの娘を捜す機会にもなっているそうでございますね。まったく、姫がかような場に出る必要などございませんのに」

 銀の錫杖を涼しげに響かせて、ヘイディアが呆れた様子でエスツファの隣に立った。居心地の悪そうな顔で、リオンがその後ろについてくる。

「姫は、ふさわしい殿方をご自分で選ぶ権利がおありの方でございます。見も知らぬ男達に品定めされるような場に出るなど、まだ幼いとはいえ、貴婦人として軽率にございます」

 うっかりエスツファの言葉に同意しなくてよかった。冷ややかなヘイディアの横顔に、オルクェルはグランと同じように額に冷や汗を浮かべながらも、

「収穫の感謝を神々に表す風習に、姫が興味を持たれただけのことであるよ。異国の文化を学ぶのも、外交には大事であることを、姫はよくご存じであられるのだ」

「だからといって、御自らあのような事をなさる必要はございません。異国の文化に触れるにも、貴人にはふさわしいやり方がございましょう」

「そうですか? 楽しそうでいいと思うけどなぁ」

 堅苦しく反論するヘイディアにむけて、エレムが脳天気に口をはさんだ。よせ、今は触るな、というグランの心の声は届く気配がない。ヘイディアの背後のリオンも、止めるに止められずはらはらした様子だ。

 エレムは周りの心配などまったく気づいていないらしく、

「葡萄踏みって、葡萄酒造りの原点ですよね。圧搾機が普及して、今はなかなか見られないんですよ。伝統を伝える上でも、こうした行事で昔ながらの方法を実演するのは大事なことですよね」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「収穫祭の葡萄踏みは若い女性の特権みたいで、うらやましいくらいです。せっかくだから、ヘイディアさんもやってみれば良かったのに」

「わ、私は人前であのように脚を晒すようなことは好みません! そもそも、なぜ若い娘でなければならないのです。男でも女でも、もっと効率のよい作業着を考えて分け隔て無く参加すればよいではありませぬか。あのようなひらひらとした服、不要でございましょう?」

「高地の民族衣装ですから、発展にもそれなりの由来があると思いますよ。それに確か最初の破砕では、葡萄の皮を裂かずに潰すのが望ましいはずですから、体も軽い女性の方が葡萄踏みには適しているんじゃないかな」

 なぜか動揺した様子のヘイディアに、あくまで優等生な答えを返していたエレムは、不意ににっこりと目を細めた。

「それにあの服、可愛らしい意匠デザインですよね、ヘイディアさんなら似合うんじゃないかなぁ」

 この話の流れで、それは逆鱗に触れないか。さすがにグランも息を呑んだが、

「そ、そのような……っ」

 絶句したヘイディアの頬が、みるみる紅く染まっていく。周りの男達は揃って目を丸くした。エスツファだけは口笛を吹きそうな顔になったが。

 ランジュは頭の下の会話などどうでもいいらしく、広場の音楽に合わせて楽しそうに手を叩いている。

「わ、私は従者達の様子を見て参ります!」

 やっとのことでそう言うと、ヘイディアはくるりと向きを変え、すたすたと立ち去ってしまった。一緒に来ている従者達はすぐ側にいるのだが、まったく別方向だ。

「あれ? なにか気を悪くされるようなこと言ったかな?」

「お前、なんかすごいな……」

「え?」

 ひとり、困った様子で首を傾げているエレムは、グランにそう言われても目をぱちくりさせている。近寄ってきたリオンが、勢いよく首を縦に振った。

「そ、そうですよ。アルディラ様が葡萄踏みに参加するって聞いてから、ヘイディアさん、ずっとあんな調子で不機嫌だったんです」

「へぇ……?」

「『アルディラ様は、自分が経験したことのない下々の風習に興味があるだけだから、固く考えなくてもいいんじゃないか』ってほかの方も言ってたんですけど、あの勢いでやりこめられちゃって……そのヘイディアさんが言い返せなくなるなんて、エレムさん、すごいです」

「ええ?」

「エレム殿の、知識を探求する姿勢が通じたのであろうな」

 腕組みをしたオルクェルが感心した様子で頷いている。

「女性が望ましいという理由の考察も、理論的で納得いくものであったのだろう。真面目なエレム殿らしい実直な言葉であった」

「そこまで掘り下げなくても、おれが踏んだ葡萄酒と、若い娘が踏んだ葡萄酒とどちらを飲みたいか問えば、皆が納得する話だと思うのであるがなぁ」

「言ってやるなよ」

 エスツファの言い分は一番的を射ているのだが、ヘイディアには通用しないだろう。グランはヘイディアが去っていった方向をちらりと眺めた。

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