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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
200/622

15.公女様と収穫祭<3/5>

 エレムの視線の先では、木の板が広く敷かれ、更にその上に、妙に大きなタライが置かれていた。

 敷かれた板の隅に、湯を貼った桶がいくつか用意されている。板自体も湯で綺麗に流してあるらしく、この初夏の陽気の中でも湯気をあげている。

 その板の近くに、娘達が一〇人ほど並んでいた。

 みんな襟の大きくあいたシャツと膝にかかる程度のふんわりしたスカート姿で、シャツの上には紐で胸の下を締め上げてとめる、腰回りを強調した胴衣を身につけている。高地に住む民に見られる独特の衣装だ。

 胴衣は作業で余計に布地を引っかけたりしないようにという配慮なのだろうが、胸の下まで紐で締め上げているので、娘らしい胸元がより強調されて皆可愛らしく見える。

「あれ……アルディラさんじゃないですか?」

「おや?」

 エレムに言われて見直してみると、並んで待っている娘達の中に、頭二つ分ほど背の低いのが混ざっている。ほかの娘達と同じ衣装を身につけているのだが、全体的に平たんなアルディラが着ても、娘と言うよりはなんだか子どもらしさがあって妙に微笑ましかった。

 よく見れば、娘達を取り囲む警備の衛兵と一緒になって、オルクェルとエルディエルの兵士達が周りに目を配っている。更に少し離れた場所には、顔を知った従者達に混じって、リオンとヘイディアの姿も見られた。

「姫のための催しと聞いたが、ご本人が参加するのであるな」

「どーせ話を聞いて自分もやりたいって駄々こねたんだろ、でも、なにやるんだろうな?」

 声が聞こえたわけではないだろうが、向こうでグラン達に気づいたらしく、オルクェルがこちらに向かって手を挙げた。仕方ないので近寄っていく。

「なにやってんだ?」

「葡萄踏みであるよ」

「葡萄踏み?」

「葡萄酒を作る一番最初の作業であるよ」

「それは知ってるよ」

 もっとも、足で直接踏むのは最近では一般的ではなくて、大規模な産地になればなるほど圧搾機を使っているものだ。グランの問いの真意に気づいて、オルクェルは疲れた笑みを見せた。

「食料を買い付けた際に、目通りした町長殿からこの辺りの特産について説明を受けたのだ。町長殿は、この辺りの葡萄酒がほかとはひと味違うことを訴えたかったのであろうが、姫が興味を示されたのは収穫祭の話であった。なんでも、この近辺では古くからアヌダという水神を崇めていて、秋の収穫祭はそのアヌダ神に感謝を捧げるためのものだという」

「へぇ」

「して、その収穫祭の時に、町の乙女達が葡萄を踏み、アヌダ神に奉納するための特別な葡萄酒を仕込むというのだ。葡萄踏みは収穫祭の目玉の催し物ということで、皆楽しみにしているらしい。それを聞いた姫が、自分もやってみたいと言い始め……」

「へぇ……」

「それで、近隣の畑から、本来なら葡萄酒にはあまり使わない早なりのものを集めてもらって、急遽収穫祭の再現とあいなったのであるよ」

「……あんたも苦労してんな……」

「いや、苦労してなんとかなるものであってよかった。まったく時季外れで葡萄など穫るに穫れないという時期であったら、どうなっていたか」

 そこまで甘やかすなよ……。同情してしまったことを即座に後悔し、グランは娘達と並んで立つアルディラの方に目を向けた。

 娘達は、木板の上に裸足で上がり、周囲に置かれた桶の湯で丁寧に手足を洗っている。そこそこいい具合に育った娘達が、胸元が大きくあいた服でかがみ込み、水しぶきがきらきら輝く中で手足を清めているのは、グランから見てもなかなか心洗われる光景だった。なるほど、見物人に男達が多いのも頷ける。

 その中で、全体的に平たんなアルディラのたどたどしい動作は、子ども子どもしていて微笑ましいが、正直あまり心躍るものでもない。視線は自然に周囲の娘達へ移ってしまう。

 板の外にいた男達から、葡萄の盛られたかごが手渡され、娘達はそれを中央の大きなタライにあけている。葡萄はあちこちからかき集めてきたのだろう、粒も揃っていなければ、色も様々だ。それでも、あの大きなタライで踏めるほどの量がある。協力した者たちの苦労が忍ばれる。

 娘達は手足を清め終わると、転ばないように気をつけながら、葡萄で一杯のタライに入っていった。

「ぶどう、食べないのですかー? 」

 エスツファの肩の上で、ランジュが目を丸くしている。食べ物を踏むなど、ランジュには考えられないことなのだ。

「あれは飲み物にするのであるよ。今日は葡萄酒作りのまねごとであるから、後で果実水として振る舞ってくれるのではないかな」

「葡萄水はおいしいのですー」

 エスツファがランジュに説明している間に、娘達全員がタライに入り、スカートの裾をつまんで足踏みを始めた。最初は恐る恐るだったのが、だんだん楽しげに膝を上げ、広場の音楽に合わせて跳ねるように拍子ステップを踏んでいく。楽隊の音楽も軽快なものに変わり、見ている者たちも楽しげに手拍子を取り始めた。

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