14.公女様と収穫祭<2/5>
星灯りの中、青白く揺れる川の浅瀬を歩き進む。そんな夢を、グランは何度か見た気がする。
目が醒めれば、足元を水が流れる音だと思っていたそれは、風が木立を振るわせる音が天幕の外から漏れ聞こえてきていただけだった。
部隊と離れていたここ数日、屋根の下に寝泊まりしていたから、少し過敏になっているのかも知れない。そう思いながら寝直すのを何度か繰り返しているうちに、夜明けを告げる鳥の声とともに空は白み始め、じきに朝の交代のために起き始めた者たちの気配で、天幕の外が騒がしくなった。
岩山の撤去作業に関して話が進むまで、部隊はしばらく足止めだ。街道は周辺の人間の生活には欠かせない。それに、近隣の者らが、エルディエルの部隊からの頼みを無碍にするとも思えないので、今日中にはなにか進展があるだろうと、皆焦った様子もない。事が動き出せば力仕事が待っているから、皆今日は体力を温存しようとのんびり構えている。
朝食を終えると、手の空いているものが、小川まで馬を引いて水やりや水浴の準備を始めた。水を張った桶に木のおもちゃを浮かべてランジュを遊ばせながら、グランとエレムも作業を手伝っていたところへ、エスツファが部下達を伴ってやって来た。
「昼からサフアの町役場で、近隣の代表者達と話し合いがあるのだ。今回はおれがルキルアの代表として参加することになった」
だからって、なんで自分の所に来るのだ。と思ったのが顔に出たらしく、エスツファはにやりと笑みを見せた。
「その前に面白いことをやるらしいぞ。せっかくだから一緒にゆかぬか」
「面白いこと?」
「姫が退屈しているからと、町の者らが秋の収穫祭でやる出し物を見せてくれるのだそうだ」
「へぇ?」
「なんでしょうね? 演劇かな?」
笑顔でエレムが声を上げ、グランは少し考えるように首を傾げた。
ということはアルディラも居合わせるわけだ。正直、あまり気はすすまない。
だが、例の神代文字について聞きたいこともある。わざわざ約束を取り付けて会いに行くよりも、行ったついでにたまたま顔をあわせる形のほうが、大げさにならずにすむかもしれない。
山の中腹にありながら、サフアはとても水の豊かな町だ。
町の背後には、この山地一帯の中でも特に標高の高い山がある。そのため、山からの湧き水も豊かなのだという。その裏側は枯れ谷だというのに、不思議なものだ。
町に入るとまず目につくのは、目の前を横切る小川と、その上にかかる白い橋だ。山の中腹にあり、背後が緑鮮やかな山並みなのも相まって、きらきらと輝く小川は、水に恵まれた美しい町だと見る者に印象づける。
白い橋は川を渡るとそのまま石畳につながり、町の中央へつながる大通りであることを示していた。
小さな町は想像以上に賑わっていた。収穫祭のだしものをやると聞きつけ、住人や近隣の者たちが便乗して、通り沿いに土産物や食べ物の屋台をだしているようだ。
収穫祭といえば酒がつきものだから、目端の利く者などは樽ごと外に持ち出して、酒の杯売りまでやっている。肉を焼くいい匂いまで流れてきて、広場へ続く大通りは既に多くの人出で活気づいている。
エルディエルの公女になにかあっては大変と、衛兵達は緊張した様子だが、住人や訪問者にはそんなものは関係のないことだ。気の早い夏祭りのような雰囲気になっていて、様子を見ながら歩いているだけでも面白い。
「ちょっと前に通ったエルペネの町の方が規模は大きいという話だが、ここはここでなかなか賑わっているのだな」
「街道の本筋ですからね。東から山を越えてきた人たちは、ここでほっとしたいでしょうし」
先を歩くエスツファと同じように、辺りを見回しながらエレムが答える。この人混みの中でも、異国の兵の一団は目立つらしく、酒や食べ物を手にした多くの者たちが物珍しそうにこちらを伺っている。ましてやその中で一番大柄で偉そうな者の横を、白い法衣姿の若者と上から下まで真っ黒な傭兵が歩いているので、かなり人目を引くようだ。
「道がふさがって足止めされてるヤツも多いんじゃねぇの」
「そうでしょうねぇ。この街道使わず東に向かうには、川を使う以外にないようですし、船に乗るにはエルペネよりも西に戻らないといけませんからね」
「ならなおさら、復旧を急がねば、通行する者たちからの陳情がひどくなりそうであるな」
エスツファは機嫌良さそうに自分の顎を撫でている。その方が、作業の同意が取り付けやすくて都合がいいのだろう。
黒いマントをなびかせ、大柄な異国の将官が通るものだから、通行人はごく自然に道をあける。そしてすれ違うときになって、揃って同じような顔で二度見する。その肩に、一〇歳ほどの少女をのせているからだ。
肩に座らされたランジュはエスツファの頭にしがみついて、きゃっきゃっと歓声を上げていた。いつもはエレムが手を引いているから、人混みを高い場所から見渡せるのが面白いらしい。
石畳の敷かれた大通りの、つきあたりが町の広場になっていた。話を聞きつけた者らが、石畳で覆われた円形の広場をぐるりと取り囲んでいる。楽隊が軽快な音楽を奏で、気の早いお祭り雰囲気が周囲を更にわきたたせていた。
「あ、あれかな? なにやるんでしょうね」
広場の中央にあるものを見て、エレムがにこにこと声を上げた。