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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
198/622

13.公女様と収穫祭<1/5>

 この野営地の背後は山だ。斜面を埋め尽くすように木々が鬱蒼と生い茂り、裏側が枯れ谷とはとても思えないほど緑豊かだ。そのぶん人よりも、山の動物を警戒する必要がありそうだ。

 藍色の空の下で、野営地を囲む山々が一足先に黒々と夜の気配に染まっていくのは、遠くから景色を眺めるのとはまた違った迫力がある。

 荷物の整理をやり残しているというエレムは先に天幕に戻り、グランはキルシェを探して、しばらく野営地の中をうろうろしていた。

 まだいるなら、街道をふさぐ岩山について話を聞いてみようかと思っていたのだが、ぱっとみた感じではどこにも姿がない。夜に向けて、灯りや警備の準備にと兵士達が慌ただしくしているのが目につくくらいだ。

 エスツファにくっついて騒いでいるかとも思ったが、エスツファは野営地の中心になっている大きな木の下で、年長の兵士達となにやら打ち合わせをしていたところだった。やはりキルシェは居らず、代わりにランジュがエスツファの肩に乗っている。

 真面目な話のようなのに、自分の頭の上でランジュがうさぎの人形を遊ばせているのを、本人も周りもまったく気にした様子がない。いいのかそれで。

「……暁の魔女殿なら、元騎士殿達が戻ってくる少し前あたりに、いつのまにか居なくなってしまわれたよ。近くに面白そうな場所があるから見に行ってみる、というようなことを言っておられたが」

 打ち合わせを終えたエスツファは、グランに問われて意味ありげな笑みを見せた。

「猫と女人は追いかけぬのが一番であるぞ。素知らぬふりをしていれば、逆にこちらを気にして寄ってくるものだ」

「なんの話だよ」

「ねこに金貨なのですー」

 二人の会話に反応して、ランジュは意味不明なことをうさぎに話しかけている。

 グランはため息をついた。あの娘をアテにしようと思ったのが、そもそもの間違いだったのだ。

「ま、いいや。で、結局どうすんだ? あの岩」

「一番現実的なのは、近隣の町や村と協力しての撤去作業であろうな」

 エスツファはあっさりと答えた。

「頭数は我らとエルディエルの部隊だけでもそこそこ揃っているし、道具と荷車さえあればさほどの手間ではないだろう。必要ならエルペネの役場に頼んで、仕事を探している鉱夫達にも協力してもらえばよい。崖が崩れてきたのでは無いのだから、作業中に再崩落する心配もない」

 そうだった、エルペネの町には、枯れ谷の鉱山で稼ぐ穴掘りの本職がぞろぞろ揃っているのだ。掘った土や岩を運ぶのはもちろん、容易に動かせないような大岩を掘り崩す技術だってあるはずだ。町には採掘道具専門の鍛冶屋だってあるだろうから、道具の調達も容易だろう。

「もし近隣に岩を捨てる手頃な場所がないようなら、応急処置として、橋を架けてしまうのもありだ」

「橋?」

 意外な単語に、グランは思わず問い返した。

「道をふさぐ岩の高さは、せいぜい我らの背丈ほどだったであろう? それなら、両端に土を運んでくるか、岩を砕いて崩して、坂道のようにならしてしまえばいいのだ。ある程度なだらかにしたら、馬車の車輪が動きやすいように板を渡せばいい。要は、あの場所を馬車が越えられればよいのだからな」

「なるほど……」

「あとは我らが帰りにここを通るまでに、領主殿に岩そのものを撤去なりしてもらえばよい。どちらにしろこの地域の住人の協力が要るから、明日改めて町長殿らと相談であるな。街道が使えねば困るのは皆同じのはずだから、あまり心配することもないであろう」

 さすがにグランにも、あの岩山の上をそのまま馬車で乗り越えてしまうという発想はなかった。とぼけているようで、やはり喰えないおっさんだ。

「ヒンシアの一件で、市長殿から資金や物資も『寄付』してもらっているからな、ここで一日二日とられても懐に問題はな……おっと」

 二人の話の最中、うさぎの人形を取り落としたランジュが手を伸ばそうとして均衡バランスを崩しかけた。ランジュはエスツファが左手で支えてやったが、うさぎの人形は音も立てずに地面に落ちてしまった。

 身をかがめ、うさぎの人形を拾おうと伸ばした手で、グランはいきなり小石を拾い上げ、背後の大木に向けて投げつけた。上方向から誰かの視線を感じた気がしたのだ。

 小石が枝にぶつかる音と一緒に、なにかがはじけたような不思議な音が、枝葉に隠れた暗がりから聞こえてきた。同時に、感じていた視線もかき消えた。

「……どうしたのであるか?」

「いや、なんか変な気配を感じたんだけど……。ネズミでもいたかな」

 首を傾げながら、今度こそ人形を拾いあげたグランは、すぐそばの地面に点々と黒いなにかが散っているのに気づいた。さっき手応えを感じた枝の、すぐ下にあたる場所だ。

「……水?」

 砂利の多い地面に、滴が散ったような染みが広がっている。小動物が逃げた際に残したものだろうか。あまり近寄って観察する気にならないでいると、

「うさぎさんくださいー」

 エスツファの肩の上で、ランジュがこちらに手を伸ばしている。グランは立ち上がり、うさぎの人形をランジュに向かって放り渡した。

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