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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
197/622

12.街道の障害物<4/4>

 エルペネを越え、少し東にある別れ道から北の川沿いへと進むと、サフアという小さな町がある。

 エルペネより規模は小さいが、町自体が山地の中腹にあるから、これから山道に入る者、逆に山地を越えて来た者たちの準備と休息のためには、とても重要な町なのだという。その小さな町は、今はエルディエルの公女を迎えて大わらわのようだ。

 町の周りには最小限の護衛を伴った、公女とその付き人達の天幕が整えられている。エルディエルの本隊は、サフアの町の郊外に、町から少し距離をとって野営をしている。

 その小さな町を過ぎ、幅広の浅い川にかかった小さな橋を越えた、街道が山間にさしかかる手前の狭い平地に、ルキルアの部隊は野営を張っている。南側は緑濃い山地になっていて、山あいからは町につながるのとは異なる水源の小川が流れてきているから、水にも困らない。

「オルクェル殿、忙しいのに付き合ってもらってすまなかったな」

「いや、一緒に問題を打破してくれようという仲間がいるのはとても有り難いものだ。なにかに気付いたことがあれば、すぐに教えてもらえると有り難い」

 ルスティナに笑顔で声をかけられ、それまでずっとどんよりしていたオルクェルの顔が急にしゃきっとした。結局グランがルスティナの馬に同乗するのは阻止できず、自分はエレムを乗せて、山中の現場まで往復しただけだったのだから、気落ちしていたのも判らないではなかったが。それにしても判りやすい男だった。

「あ、オルクェル、ちょっといいか」

 見回りの兵に馬を預け、自分に天幕に戻るルスティナを名残惜しそうに見送って、すぐにまた馬にまたがろうとしたオルクェルを、グランが呼び止めた。

「どうしたのだ?」

「いや、今のこととは関係ない話なんだが、あんた、これ、読めるか?」

 言いながら、グランは懐から折りたたんだ紙片を取り出し、拡げて差し出した。意図に気付いたエレムも近くに寄ってくる。

「これは、……神代しんだい文字ではないか?」

「やっぱり判るのか」

 それは二人がマルヌの村で見た、『ラステイア』の持ち主に与えられた剣に記された文字だった。グランは『ラステイア』の力に大きく影響されていたらしく、あの剣をじっくり観察する気にならなかった。代わりにエレムが、あの剣についての詳細を紙に記してきていたのだ。

 もちろん、オルクェルに『ラステイア』や『ラグランジュ』のことを話すわけにはいかない。しかし、古代文字よりも古い時代の文字である神代文字を読めるのは、大国の王族や、各教会の一握りの人間ぐらいで、一般には存在自体がほとんど明かされていないのだ。

 エルディエルの公女であるアルディラは、グランの剣の柄に記された神代文字を読むことができた。それなら、継承権はないとはいえ、大公の息子の一人であるオルクェルもそれなりの教育を受けているかも知れない。

 だが、オルクェルは少しすまなそうな顔で、

「教養程度に学んだ記憶はあるが、公女達のように深い教育を受けたわけではないのだ。神代文字だというのは判るが、その文字が何を表しているかまでは判らぬよ」

「そうか……」

「で、なんなのであるか? それは。神代文字は、一般にはほとんど用いられぬし、知る者も少ないはずだが……」

「判らねぇから聞いたんだよ」

「なるほど」

 どこで見たのか、なぜ興味を持っているのか聞かれたら、適当に誤魔化す気ではいたが、オルクェルはそこまで気が回らないようだ。

「姫に読んでいただくのが早いであろうよ。先に進めずサフアの町で退屈しておられるから、グランバッシュ殿が顔を見せれば喜ぶであろう」

「えー……」

「それに姫は、二人が隊を離れて行動しているのを聞いて、今回はひどく心配しておられたのだよ。特にエレム殿は、ヒンシアでの一件の後、体調を崩していただろう。あれだけのことがあったすぐ後で、馬車とはいえ長い距離を移動するのは大変であろうと、気にかけておられたのだ。もうすっかりよいのであるか?」

「あ、はい。逆に、よい気分転換になりました」

「そうか、それならよかった」

 オルクェルはごく自然に笑みを見せた。

 思ってることが正直に顔に出るだけで、悪い奴じゃないんだよなぁ。

 今度こそ馬にまたがり、去っていくオルクェルの後ろ姿をなんとなく見送って、グランは軽く首をすくめた。

 それにしても、神代文字のことはどうするか。やはり、アルディラに聞いてみるしかないのだろうか。まったくもって気がすすまないから、考えるのも後回しにしたかった。

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