11.街道の障害物<3/4>
「今回のカカルシャ訪問は、姫の縁談とは無関係と大公自ら公言しているし、周辺諸国の要人も招かれているからな。そうなれば、この機会にぜひエルディエルと懇意にしたいと思っている国は多かろう。姫がカカルシャにたどり着けないことで困るのは、むしろエルディエル側であろうが……」
ルスティナの視線に、オルクェルは困惑した様子で頭をかいた。
「このような事態をどう説明すればよいのか……。ただの崖崩れならまだしも、どこからともなく現れた岩が道をふさいで通れませんでしたなど、大公もカカルシャ王もすぐに納得するものだろうか」
「そうですよねぇ……」
アルディラには、お見合いを嫌がって隊を抜け出した前科がある。直接大公やカカルシャ王にこの光景を見せられるならともかく、こんな現実離れした言い訳は簡単に信用されないだろう。そうなると、護衛の長であるオルクェルの立場も危うくなりそうだ。
「それに、誰がなんのためにやったか判っても、すぐにこれをなんとかできなきゃ意味なさそうだな」
「でも、ここまで持ってこられたなら、持って帰るのもできそうなものじゃないです?」
「そりゃそうだろうけど」
エレムの言葉にグランも頷くが、結局話はぐるぐる回るばかりだ。空の色は夕暮れから、そろそろ夕闇にうつろおうとしている。
「……まぁ、なぜか水に濡れているということは新しく確認できたし、今はいったん戻ろうか」
「だな」
ルスティナの言葉にグランが頷くと、オルクェルがまた、もの言いたげにグランに視線を向けた。グランがルスティナの後ろに乗るのがやはり不服なのだろうが、だからといってグランだけ徒歩で戻るわけにもいかない。今度はルスティナの馬が先行したため、恨めしそうなオルクェルの視線を背中に浴びながらの帰路になった。
「……戻ったらキルシェに聞いてみるか?」
「ん?」
こうなると気を遣うのもばからしくなってきて、グランは心持ち体を前に傾け、ルスティナの耳元に顔を寄せた。
「どうも、あの水の跡が気になるんだよな。ひょっとしたらキルシェなら、なにか心当たりがあるかも知れないだろ」
「なるほど、人の手には難しいことでも、古代の魔法でならなにか術があるかも知れぬな」
グランの言おうとしたことをすぐに察して、ルスティナは頷いた。
「まだ居てくれていればよいな。どうせ今夜もあの場所で野営であるし、キルシェ殿がいてくれれば皆も退屈せずにすむであろう。……そういえば、先ほどの礼も告げていなかった」
「礼?」
「あの薄板に関して調べてくれたことをだよ」
「あれは……、自分が調べたくて持って行ったんだから、いいんじゃねぇの?」
「それはそれとしても、こちらにも情報をもたらしてくれたのであるからな。自分のしていることが誰かの役に立つと思えば、嫌な気分になる者はおらぬだろうよ」
「あいつがそんな殊勝なタマかねぇ……」
キルシェの行動原理はただひとつ、『自分が面白いか面白くないか』だ。必要以上の富や権力に関心のないグランには、逆に一番よく理解できる動機だった。だからこそキルシェは、人から礼を言われたり、人に良く思われることには、特に関心を持っていないのではないか。
「献身的とは言わぬが、自分さえ良ければ周りはどうでもいい、と思っているようにも見えぬよ。時々いたずらに度がすぎるが、それも悪意があってのことでもなさそうだ」
「うーん……」
ふと、いつぞやキルシェに馬乗りにされたところをルスティナに見られたことを思い出して、グランは曖昧に頷いた。その気配に気付いたのか、ルスティナは少しだけグランの方に顔と視線を動かした。ほんの少し自分が顔を動かせばすぐ触れそうな距離で、くすりとルスティナが目を細め、グランは思わず息を飲んだ。
ルスティナは特に何も言わないまま、すぐに顔を前に向けた。グランはルスティナの後ろで無意味に座り直し、悟られないように息を吐き出した。




