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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
193/622

8.古き記憶をつなぐもの<5/5>

「持ち主の願いを叶えることは、『ラグランジュ』や『ラステイア』にとっては、おまけのようなものなのではないかな。グランが、『ラグランジュ』そのものよりも鍵であった剣の柄が欲しかったのと同じで、『ラグランジュ』と『ラステイア』が主を欲するのは、主の願いを叶えるのとは別の理由があるのかも知れない」

「……例えば?」

「……さぁ?」

 ルスティナはあっさり肩をすくめた。話を振るだけ振っておいてそれか。

「でもなんにしろ、ランジュが悪いものには私には思えぬよ。グランにはちょっと大変かも知れぬが、『ラグランジュ』が、グランとエレム殿を我らの所に連れてきてくれたのだからな。我らにとっては、今はそれで十分だ」

 思わず気の抜けた顔をしたグランに、ルスティナは穏やかに目を細めた。

「ずうっと、グラン達が一緒にいてくれればよいと思うくらいだ」

 ランプの灯りを映した瑠璃色の瞳が柔らかく揺れて、グランは一瞬言葉に詰まった。

 いや、動揺することじゃない、複数形じゃないか。ルスティナが言っているのは、『ラステイア』を味方につけたシェルツェルの始末をつけたのが、結果的に『ラグランジュ』を持ったグランとエレムだったからであって、それ以上の含みなどなにもないに決まっている。ガキじゃあるまいし、いちいちこんなことに反応してたって仕方がない。

 それでもとっさに上手い返しが思いつかず、どういう顔をしていいのかも判らず、グランは黙ったまままた視線をそらしてしまった。笑みを崩さないまま、ルスティナがなにか言いかけたのが視界の端に見えた――と思ったのも束の間、

 ふと何人かの人の気配に気付いて、グランは開け放たれたままの天幕の入り口の方に顔を向けた。

「失礼、ルスティナ、ちょっとまずいことが……」

 聞き慣れた足音と一緒に。エスツファが顔をのぞかせた。あぐらをかいて座っているグランを見て、嬉しそうに笑みを見せる。

「おお、元騎士殿、無事に戻られたか」

「あ、ああ」

「今グランから、別行動をしていた間のことを聞いていたところであるが、……エスツファ殿、やはり街道を進むのに問題でもあったのか?」

「うむ、元騎士殿の話の腰を折るようで悪いが、オルクェル殿も来られているし、少し邪魔をしてよいか」

 戻ってそうそう揃ってくれなくてもいいのに。グランは思わず溜息をついた。

 ルスティナが頷くと、背後にいる誰かを促すように手を挙げて、エスツファが中に入ってきた。続いて入ってきたオルクェルは、嬉しそうにルスティナに目を向けた後、敷物に座っているグランを見て、一瞬だがなんともいいようのない顔を見せた。正直な男だ。

 それでも、オルクェルはすぐに表情を整え、

「グランバッシュ殿、フスタでのレマイナ教会への協力、ご苦労であった」

 そういえばそういうことになっていたのだった。グランは軽く手を挙げて応えた。

 グラン達以外で『ラグランジュ』のことを知っているのはヘイディアだけで、そのヘイディアも『ラステイア』のことは知らない。

「して、まずいこととは? 最初の話では、山中で街道が一部崩れているという話であったが」

「崩れているというか……」

 言葉に困った様子で、オルクェルとエスツファは顔を見あわせた。

「あれは、崩れたとかではないな。確かに道の片側は崖なのだが、土砂崩れの跡などないのだ」

「土砂崩れの跡がない? でも、話では大量の岩で道がふさがっていると……」

「それも話通りだった。でも、あの崖の山肌とは全く質の違う岩なのだよ」

「どういうことだ? 何者かが、崖の上から大量の岩を落としたとでも?」

「それも考えて、崖の上にも回ってみたのではあるが」

 エスツファから言葉を引き継いで、オルクェルが口を開く。

「崖の上は、岩を運ぶどころか、人一人満足に上り下りできる道もなかったのだ。あの上にあの量の岩を運び上げるには相当な人手が必要だろうし、その前に道を造らねばならぬ」

「それでは、その岩は? 誰かがどこからか、山道をふさぐほどの岩を持ってきて積み上げたとでも」

「……実を言うと、そう考えるのが一番妥当な状態なのだ」

 さすがにルスティナもあっけにとられた様子だ。目を丸くして、オルクェルとエスツファを交互に見返している。

「道をふさぐほど大量の岩を運ぶとなれば、相当の人手と道具が必要になってくるのではないか? 近隣の住人は、誰も気付かなかったのか?」

「それが、丸一日前までは、まったく変わったことがなかったというのだよ」

「見た感じ、大勢が作業をした痕跡も、重い物を載せた荷車の跡もないのだ。しかし今は先を急ぐ故、『誰がどうやって』は置いておいて、撤去作業に関する相談と、迂回路の情報提供を、周辺の町や領主殿に持ちかけたいと思うのだが」

「そうであるなぁ……」

 時機タイミングからして、エルディエルとルキルアの隊が先に進むのを妨害する目的とも考えられるのだろうが、他国で一から犯人捜しも難しいだろう。直接的に危害を加えてくるような素振りがないなら、無視するのもひとつの手ではある。

「……そうだ、せっかくだから元騎士殿にも見てもらおうか?」

「なにを?」

 半分他人事のように聞いていたグランは、エスツファに突然話を振られて目をしばたたかせた。

「道がふさがれている場所をであるよ。元騎士殿の目から見たら、おれ達では気付かないようなことも見えるかも知れぬ」

「そんなことは……」

「そうだな」

 反論しかけたグランの台詞にかぶせるように、ルスティナが頷いた。

「撤去作業の手配はまた別の話にしても、今後似たようなことが起きぬともいえぬ。判るだけの手がかりは集めておいた方がよいだろう」

 他の奴らがさんざん見てるなら、俺が今更出て行ったってなにが判るということもないだろう。そう言おうと思ったのだが、

「せっかくだし、私も見に行こう。馬を出すから、グランは私の後ろで構わぬかな」

「あ? ああ……」

「そ、それなら私が! 私が案内するのでグランバッシュ殿は私の馬に!」

 なにを思ったのか、姿勢良く右手を挙げて、いきなりオルクェルが割って入ってきた。ルスティナは首を傾げ、

「オルクェル殿も忙しいであろう? 撤去作業の交渉など……」

「そ、それは既に部下を走らせているから良いのだ。私も、グランバッシュ殿の物の見方がどのようなものか参考にしたいものである」

 なに言ってんだ、要は俺とルスティナを二人で外に出したくないだけだろ。オルクェルを見るグランの冷ややかな目つきなど気付かない様子で、ルスティナは微笑んだ。

「そうであるか、それならせっかくだから、エレム殿にも一緒に来てもらおう。オルクェル殿の馬にはエレム殿をお願いしたい」

「えっ? ええっ?」

「じゃあ、おれは嬢ちゃんを預かって留守番をしていよう。暁の魔女殿もおられるようだし、今日も賑やかでよいな」

 情けない声を上げたオルクェルを見て、笑いを押し殺しながらエスツファが頷いた。相変わらず緊張感に欠ける男だ。

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