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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
192/622

7.古き記憶をつなぐもの<4/5>

 グランは流しの傭兵だ。本当の名前はグランバッシュだが、大体はグランと呼ばれている。

 今は旅の連れである神官のエレムと一緒に、小国ルキルアの部隊に厄介になっている。この部隊は戦場に行くわけではないから、彼らは最高司令官ふたりの護衛として雇われている形になっていた。

 グランとエレム、この二人とルキルアの縁を作ったのが『ラグランジュ』であるランジュであり、その対になる存在の『ラステイア』だ。

『ラグランジュ』は世間一般には、『手にした者に望むものを与え、成功と栄光を約束する古代の秘法、あるいは秘宝』と噂されている。とんでもない力を持った宝物のように思われているのだが、実際は、持ち主が望みを叶えるまで、勝手に「機会」とか「試練」という名の厄介ごとを呼び寄せる、疫病神のような存在だ。しかも今の持ち主はグランということになっている。迷惑でしかないので、今はもとあった場所に返品に行く途中だ。

 更に問題なのは、対になる存在である『ラステイア』だ。

 それは持ち主の願いを叶えるだけ叶えたあと、代償を取り立てるかのように、叶えた願いにふさわしい破滅を持ち主にもたらす、らしいのだ。ルキルアの宰相がそれを手に入れたことで、一時はルキルアの内部もかなりまずいことになっていた。

 その『ラステイア』が、再び主を得て具現したらしい。

 グランとエレムはその詳細を確かめるために、ヒンシアを出た後はルキルアの部隊から離れ、少し離れた村へと別行動をとっていた。

 結局、今回の『ラステイア』の具現は、グラン達にもルキルアにも害になる話ではなかった。肝心の『ラステイア』の持ち主ももう死んでしまったので、『ラステイア』自体がその後どうなったのかももう判らない。

『ラステイア』の持ち主になっていた女は、グランの古い知り合いだった。『持ち主にとって一番役に立つ姿』で具現する『ラステイア』は、昔のグランの姿をとっていた。

 そのいきさつはグランの個人的な話が絡むから、エレムは気を利かせて席を外したのだろう。それは判るし、人に話して困ることをしてきた訳ではないのだから、そのままルスティナに話したところでなにも不都合はないはずなのだ。

 だが、このやりにくさはなんなのか。

 天幕の中に残されて、敷物の上にあぐらをかいて座ったグランは、ルスティナから微妙に視線をそらしてしばらく言葉を探していた。起きたことをそのまま話せばいいだけなのに、どうしてこんなに話しにくく思ってしまうのだろう。

「行った先で、なにか特別なことでもあったのか?」

 さすがにグランの様子を不審に思ったらしく、ルスティナが気遣うように首を傾げた。

「『ラステイア』はグランの姿をしていたようであるし、なにか個人的な事情でもあるのか? もし私に話しにくいというのであれば、あとでエスツファ殿にでも改めて……」

「いや……」

 ルスティナは駄目で、エスツファならいいというのもおかしな話だ。グランは観念して息をついた。なにを観念しなければいけないのか判らないが。


『ラステイア』の持ち主だったローサに関しては、『昔世話になった知り合い』と言っただけだったが、さすがにルスティナも、どういった意味での知り合いかは察したようだった。少しだけ省いた部分はあったが、とりあえず一連の流れを話し終わる頃には、そろそろ天幕の中では灯りが必要なくらいに夕刻が近づいていた。

「……そうか、亡くなられたのか」

 少しの沈黙の後、ため息のようにルスティナが呟いた。

「病とはいえ、知り合いを亡くすのは辛いものであるよな。いくら本人が納得づくでも、見送る者はやはり哀しいものだ」

 その声が微かに揺れた気がして、それまで微妙に視線を避けていたグランはやっとルスティナに目を向けた。ルスティナの義理の姉であるルキルア王の前妃も、ルスティナに軍人としての才覚を見いだした前黒弦騎兵隊総司令フェルザントも、先年亡くなっていたことを、グランは思い出した。

 目が合うとルスティナは、少し潤んだ瞳で、グランを気遣うように静かに微笑んだ。

「でもその女性が、子ども達とも最期に言葉を交わせてよかった。グラン達が訪れたことで、きっと救われたのだと思うよ」

「だといいけどな」

 最後にグランに会いたいと、ローサが望んだのは確かなことだろうが、それが叶った報いが、彼女の死期を早める事になってしまった。自分に非はないと判っているとはいえ、やはり胸に残ったかすかなもやのようなものは、すぐには晴れそうになかった。

 別にグラン自身には、ローサに対して特別な気持ちが残っているわけではないのだが、どうにもこういうのは他人に説明しづらい。

 少し視線をそらして息をついたグランを、しばらくルスティナは頬杖をついたまま黙って眺めていたようだった。普通なら気まずく感じてもおかしくないのだが、沈黙を共有してくれる相手がいることが、今は何故か心地よかった。起きたことを報告するために残ったというのに、おかしなものだ。

「……シェルツェル殿のことがあったから、『ラステイア』というのは野心的で利己的な者ばかりを持ち主に選ぶのかと思っていたのだが、そういうことでもないのだな」

 卓上用のランプに火を灯しながら、ふと思いついたようにルスティナが口を開いた。

「ああ……。その辺は俺も意外だった。俺にそっくりだったあいつも、自分の性質は判った上で、ロズのことを心配してたみたいだったし。最終的には持ち主に破滅をもたらすものみたいなのに、なんなんだろうな、あれ」

「ランジュもそういう点では、矛盾した存在であるな。本人は全く持ち主に役立つ気がないようなのに、結果的に持ち主の願いを叶えるものなのだろう?」

「だなぁ……」

 イグだった時の『ラステイア』も、積極的に動いてシェルツェルを助けようとしていたし、シェルツェルが死んだと思われるあの瞬間は、かなり動揺していた様子だった。

 ランジュは全くグランの役に立つ気はなさそうで、子どもとして好き勝手やっている。

 古代人はなんだって、あんな変なものをふたつもこしらえたのだろう。ただ願いを叶えるなら、『持ち主の役に立つ姿で現れ、益になることしかもたらさないもの』がひとつあればいいに決まっている。

「案外と、目的は違うところにあるのかも知れぬな」

「目的?」

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