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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
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6.古き記憶をつなぐもの<3/5>

「そうか……その剣の柄自体に、古代魔法の呪文が書き込まれている可能性があるんですね」

「ええ?」

 グランはさすがに驚いて、全員を見返した。

 確かに、『ラグランジュ』のありかは、剣の刃に浮き上がった光の文字としてグランに示された。いまでも、あの文字は脳裏に描かれた写実画のようにはっきりと思い出せる。だが、

「そんなこと言っても、これ自体はただの剣の柄だぞ。持ったからって特別強くなるわけでもないし、必殺技が使えるわけでもないし」

「一口に魔法って言っても、転移や攻撃のもの以外にも、種類はいろいろあるのよ」

 グランの反応になぜか呆れた様子で、キルシェは腰に両手を当てた。

「そもそも、それって『ラグランジュ』とひとつだったものなわけでしょ? 今は半分はあんな事になっちゃってるけど……」

 あんな事呼ばわりされている『もう半分』は、ほとんど完成に近い絵合わせを前にして、残りの札がどこに収まるかを一生懸命考えている風情だ。どこから見ても人間の子どもにしか見えないが、この姿をとる前は、錆びのついた古い剣身だった。

 あれにあわせて作られた柄なのだから、これ自体になにか隠されていてもおかしくないのかも知れないが……

「グラン、それもちょっと調べてみたら、なにか面白いことが判るかも……」

「駄目だ」

 無意味に胸元を腕で寄せ、少し媚びを含んだ目でこちらを見上げたキルシェに、グランは迷いなく言い切った。

「変にいじられて、使い心地が変わっても困る」

「でも、『ラグランジュ』を返品に行く目的が叶えば、それも手放さなきゃいけなくなるんじゃない? 今のうちに少し調べておいた方が」

「そんなことはねぇぞ」

 グランは真顔で答えた。

「俺はあの遺跡に行く前からもう、この柄に合わせて剣身を新しく作って使ってたんだ。その時は、あいつはただの古い剣身だった。てことは、契約が切れれば、ランジュはもとの剣身に戻るはずだろ。あの遺跡に入りさえしなけりゃ、『ラグランジュ』の効果は発動しないまま、柄は柄として使えるはずだ」

「そんなの詐欺みたいじゃない。こういう場合って、グランに『ラグランジュ』の持ち主になってほしかったから、あえて剣の形になってたって考えるのが自然じゃないの? 使うだけ使って、肝心の『ラグランジュ』は放ったらかしだなんてひっどーい」

「うるせぇよ、自分のものをどう使おうと勝手じゃねぇか」

「せっかく『ラグランジュ』に選ばれた持ち主なのに、欲しいのは剣の柄のほうだなんて、絶対変よ変! 絶世の美女がグランの好きなお酒を持って言い寄ってきたのに、お酒にしか手をつけないってくらい変!」

「だから俺はもともとこっちが欲しかったんだよ! つーか例えがおかしいだろ!」

「まぁまぁ、それはそれで別の機会に議論してもらうことにして」

 はらはらした様子のエレムの代わりに、苦笑いしながら間に入ってきたルスティナが、不意に柔らかな笑顔でグラン……の横に目を向けた。

「数が多かったのに、上手に出来たな」

「動物さんがいっぱいいますー」

 完成させた絵合わせをはめ込んだ専用の板を、ランジュが両手で誇らしげに掲げている。その顔と絵が、褒めろと言わんばかりに今度は真っ直ぐグランに向けられた。

 無視しようかと視線をそらそうとしたら、キルシェとエレムが揃って冷ややかな目つきでこちらを見ているのに気付いた。お前ら、実は気が合うんじゃないのか。

「……よかったな」

 なにがよかったのか自分でも判らないが、グランにそう言われ、ランジュは心底嬉しそうににっかりと微笑んだ。

「エスツファのおじさんにも見せるのですー」

「そうだな、そろそろ戻ってくる頃合いだ」

 ルスティナが目を細める。話も終わりな雰囲気になったので、宙に浮いたままだった薄板にキルシェが手を伸ばした。

 薄板を囲んでいた法円が消え、光の螺旋が薄板の中に吸い込まれて見えなくなると、キルシェはそれを当然のような顔で自分の胸元にしまい込んだ。相変わらず、どこに入れているのかさっぱり判らないが、もうグランは深く考えないことにした。

「……そういや、姿が見えなかったけど、エスツファはどっか行ってるのか?」

「街道がこの先、状態に問題があるらしくて、オルクェル殿と様子を見に行っているよ」

「それでこんな所で野営を張ってたのか」

 予定だと、グランとエレムが追いつくまでに、本隊はもう少し先に行っているはずだったのだ。その分、合流が楽に済んでよかったと言えばよかったのだが。

「そういえば、戻った早々来てもらったから、休む暇もなかったのだな。別行動の間のことを聞くのは、後のほうがよいかな」

「ああ……」

 そうだった。グランとエレムは思わず顔を見あわせた。

 二人は、ひょっとしたら『ラステイア』が再び主を持ったかも知れないからと、事態を確認にするために、少しの間ルキルアの部隊から離れて別行動をとっていたのだ。

『ラステイア』に関しては、ルキルアも他人事ではない。今回はルキルアと無関係のままカタがついたとはいえ、事の顛末は報告しておかなければいけないだろう……が。

「報告は、グランさんからがいいと思います」

 グランが口を開くより先に、エレムがやけにきっぱりと言い切った。

「僕は荷物を整理してきます。ランジュも、エスツファさんが来るまでに馬車から降ろした荷物を片付けておこうね」

「はぁい」

 ランジュは素直に答えると、敷物の上に散らかしていた自分のおもちゃをかばんにまとめ始めた。ルスティナがなにか問うようにグランを見たが、とっさに上手い言葉が出てこない。

「キルシェさんも行きますよ」

「え? あたしも聞きたぁい」

「あなたはそっちの話は関係ないじゃないですか」

「なにそれひーどーいー」

 当然のような顔で居座ろうとしていたキルシェは、ランジュと手をつないだエレムに腕を引っ張られ、不満そうな顔で一緒に天幕を出て行った。ルスティナは軽く笑みを見せると、改めてグランに視線を向けた。

 たった数日隊を離れていただけなのに、ルスティナの瑠璃色の瞳に微かな懐かしさを感じて、グランは思わずごまかすように頭をかいた。こんなの俺のガラじゃない。

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