表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
究極の歩兵と水鏡の巫女
190/622

5.古き記憶をつなぐもの<2/5>

「すごいものだな、これは全部文字で出来ているのか……。これを紙に書くとしたら、相当の厚さになってしまう」

「書かれているのが完成した呪文なら、これ一枚あれば転移の魔法を発動させられるんですか?」

「残念ながら、これだけじゃ動かないのよね。見て」

 キルシェが指を差したのは、長い螺旋の柱が天に伸びているのとは反対側の、薄板の裏側だった。こちらにも螺旋状の光が伸びてはいるのだが、親指と人差し指を広げたくらいの長さの所で、螺旋が途切れているのだ。

「この薄板に記録されてる転移の魔法は、条件が揃わないと発動しないの。まず大前提になってるのが、移動の法円ね」

「城の玉座の所にあったあれか」

「うん。簡単に言うと、法円が扉で、この薄板は鍵なのね。鍵だけあっても、扉がなきゃ中に入れないでしょ」

「そうだな」

「その、鍵穴にはまる部分がこっち側の呪文なわけ。」

「これを別の法円の所に持っていっても役に立たないのか?」

「これは多分そうね」

 キルシェはあっさり頷いた。

「人間が扱う魔法なら、その時の状況で、ある程度臨機応変に呪文の形を変えることもできるんだけど。こういう風に記録媒体に刻まれているものは、媒体自身の呪文の形を変えることができないの。これには、あの城の、玉座の間にある法円でこそ使える転移の魔法が書かれていて、ほかの所では使えない。古代人なら、この呪文を書き込んだのと同じ技術で上書きが出来るかも知れないけど、あたしじゃ無理」

「ふーむ……」

 確かに、一度インクで書いてしまった文字は、もう同じ紙に新しく書き直すことはできない。

「あとは、発動させるための魔力がどうしても必要になるわ。グランと坊やが転移させられたときは、まだ城の動力炉が稼働してたから魔力も供給されてたけど、今は法円があっても作動しないでしょうね」

 坊やと言われて、エレムがなにか言いたげな顔になったが、あえて口をはさんだりはしなかった。話の腰を折るのを遠慮しているのだろう。

 今に始まった事じゃないんだから、いい加減開き直っちまえばいいのに。グランは内心肩をすくめた。

「ではもし、法円が無事で、魔力の供給もされていれば、誰でも転移させられるものであるのかな?」

「呪文の中に、そういう設定があれば可能なんだけど、この呪文は入った人を無選別に転移させるものではないみたい」

 ルスティナの問いに、キルシェは小さく首を振った。エレムが記憶を思いかえすように首を傾げる。

「夫人が言ってましたね、『あの法円は、普通の者が入った程度では作動しない』って」

「言ってたな……」

 グランは多少うんざりした気分で頷いた。

「あの女が言うに、俺には『城の管理者に準ずる資格があると、城を守る力が判断した』らしいんだな。古代人の残した何かと契約してるんだろうって言われた。それがなんなのかまでは、あの女も判らなかったみたいだけどさ」

「契約……か」

 ルスティナの声に合わせて、全員の視線が一様に、天幕の隅で一人で遊んでいるランジュに集中した。当の本人は、彼らの会話などまったく関心のない様子で敷物の上に寝そべり、ルスティナが新しく用意した絵合わせに夢中になっている。

 なんだか一気に力が抜けた気がして、グランは視線を戻した。その表情の変化が面白かったのか、ルスティナが軽く笑みを見せる。

「……つまり通常は、城の管理者でないと作動させられない法円であったのか」

「管理者なら、ある程度場所を自分で設定して転移することが可能なんじゃないかしらね。呪文の所々に数値を設定し直せる隙間があるから……」

 言いながらキルシェが指をさしたのは、光の柱に所々雲のようにかかった金色や白の光の文字だ。

「これは、行き先の細かな座標や、転移対象の大きさや重さを補正する呪文。そこから魔法の発動に必要な魔力量を計算するの」

「魔力量?」

「転移の魔法って、結構魔力を食うのよ。もし最初に想定してたものよりも大きいものが入り込んじゃって、いざ発動させたら魔力が足りませんってなったら、困るじゃない。魔力が足りなくて、腕一本分置いていちゃいましたなんて、洒落にならないでしょ」

「そ、そういうことが起こりえるんですか……?」

 思わず想像したらしく、ぎょっとした様子でエレムが口元を抑えた。キルシェは真面目な顔でエレムを見ると、堪えきれずにすぐに吹き出した。

「冗談よ冗談。いくらなんでも、圧倒的に魔力不足の時は発動しないわよ。ああいう施設で使われる転移の魔法は、基本的な使用魔力をかなり余裕を持って設定してあるから、要は無駄を省くための補正呪文ね。狐一匹を転移させるのに、毎回牛一頭分の魔力を使ってたんじゃ効率悪いでしょ」

「そ、そうですか」

「生きているものと、ただのモノを判別するくらいは出来るから、微妙に魔力量が不足した場合、荷物の一部を転移の対象から外すことはあるかも知れないわね。でもさすがに生きているものの一部を切り離したりはしないわ」

「はぁ……」

 納得はしたものの、からかわれたことに気づいてむっとした様子でエレムが答える。くすくす笑うキルシェに、さすがにルスティナも言葉に困った様子で苦笑いを浮かべた。

「これには転移の魔法が書き込んであるようだが、呪文の内容を変えれば、違う魔法を発動させることはできるのだろうか」

「たぶんできるわね」

 ルスティナの言葉に、キルシェは頷いた。

「というか、この金属自体が、そういう目的で作られたんじゃないかと思うのね」

「金属自体が?」

「呪文が書き込まれた金属があれば、古代魔法なんか使えない人間にも、魔法が発動させられるでしょ。発動の条件を揃える必要はあるけど。もし魔力を供給できるものまで組み込めれば、これ一枚で使い捨ての魔法くらい使えるようになってるのかもしれないわ」

 言いながら、キルシェが見たのはなぜかグランだった。

 正確には、グランが腰にいている、ひとふりの剣の柄を。

 つられて同じように視線を向けたルスティナとエレムが、なにかに気づいた様子で目をしばたたかせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ