3.枯れ谷と宝物<3/3>
「味はどうだろうなぁ、美味しそうには見えるなぁ」
リノは苦笑いしながら、道具袋から拳ほどの大きさの巾着袋を取り出した。何が入っているのか、袋の中身は口までぎゅうぎゅうに詰まってふくらんでいる。
「もらった幸運にはちゃんと礼をしないと、次にまわってこなくなるっていうしね。これは、おいらが前にいた場所じゃ幸運のお守りっていわれてたんだ」
リノが取り出したのは、ランジュの瞳と同じ色をした小さな涙型の石だった。大きさは小指の爪ほどだが、濃い蜂蜜のような、柔らかな満月のような色がとても美しい。
涙型の細い部分に紐が通せるほどの穴が開いている。ある程度研磨や整形したものを、換金のために持ち歩いているのだろう。
その小さな粒の中に、なにか黒いものが入っているのが、エレムの横を歩くグランからも見えた。
ランジュの目線でもよく見えるように、リノは手のひらに小さな琥珀を乗せて差し出した。エレムも興味を引かれた様子で、かがんでのぞき込んでいる。
「やぁ、これは琥珀ですね? 中に入っているのは……蟻ですか?」
「神官さんはいろんな事を知ってるなぁ。そうだよ、しかも蟻一匹丸丸入ってる」
「飴じゃないのですかー?」
「味見はやめといたほうがいいんじゃないかなぁ。それに、虫が入ってるのは貴重なんだぞ」
「ありさんはどうやって入ったのですかー?」
「入りたくて入ったワケじゃないだろうけど」
リノは巾着袋の中から取り出した短い紐を琥珀の穴に通し、それをランジュがななめがけしているカバンの金具にくくりつけた。
「前働いていた場所では、蟻が祀られてたくらいだったんだ」
「蟻を……? 巣穴を作る蟻のように、採掘しやすいように、という験担ぎですか?」
「それもあるけど、あっちでは、蟻が幸運を運んでくるって考えられてたんだよ。これは、鉱夫を引退した酒場の爺さんから聞いた話なんだけどね」
荷物袋に麻袋を片付けて、リノがもったいぶった笑みを見せた。
「『前の日まで何もなかった崖の下に、ある日突然、どこから持ってきたかわからない岩がたくさん捨てられてる。その場所の近くを探すと、誰かが穴を掘って埋め直したような跡が崖に残ってる』っていうんだ」
「へぇ?」
「人が簡単に近寄れるような場所じゃないから、誰かが勝手に穴を掘ってるとは思えない。でもその穴の跡を掘り返して辿っていくと、その周辺で採れる宝石や鉱物が山のように集められてて、がっぽり手にいれることができるって話だった。古い奴等は『大蟻の巣穴』って呼んでたよ」
「リノさんはそれを見たことがあるんですか?」
興味を引かれたらしいエレムが問い返すと、リノは白い歯を見せて明るい笑い声を上げた。
「酒場の爺さんが駆け出しだった頃の話だっていうから、おいらはまだ生まれてないよ。爺さんが見たのも、それが最初で最後だって」
「はぁ……」
「たまたま起きた崖崩れの跡から、原石でも出てきたのがそんな話になったんだろうね。でも、本当に大きな蟻が宝物をためこんでたら面白いだろうなぁ」
「ありさんは宝石がごはんなのですかー?」
「お前は食うことから離れろよ」
大工の工場の前では、リノの荷物を下ろした荷馬車の御者が、出立できるように準備を整えていた。荷台に忘れ物がないかリノが確認し終えると、今度はグラン達が乗り込む番になった。
「兄さんたちはずっと街道を東に行くんだっけ。おいらは荷馬車ができあがったら、街道の分かれ道を東南に向かうから、もう会えなそうだ」
「新しい鉱山でも頑張ってくださいね」
「ああ、兄さんたちも元気で」
見送るリノの姿が町並みの中に紛れて見えなくなると、いつまでも後ろを向いて手を振っているランジュを抱き上げて座らせなおし、エレムはグランに笑みを見せた。
「なんだか楽しい方でしたね。いい仕事場を探せるとよいですね」
「お前、あいつを本当にただの鉱夫だと思ってたのか?」
「え?」
荷馬車に積まれた樫の酒樽にもたれて座りながら、グランはリノの荷物が無くなって広くなった荷台に目を向けた。
「ただの鉱夫が、なんで自前で鈎つきの縄なんか持ってんだよ。管理されてる鉱山ってのは、勝手に好きなとこを掘れるわけじゃねぇんだぞ。山菜採り気分でちょこっと岩を削ってくるのとは違うんだ」
「はぁ……」
「それに、あいつがずっと背負ってた道具袋も、ただの採掘道具が入ってるワケじゃなさそうだ。袋を開けた時ちらっと見えたが、方位磁針に金槌とかタガネとか入ってた。首にかけてたのも、ただの首飾りじゃなく拡大鏡だろ。ただの鉱夫にしちゃ、妙に持ち物が専門的なんだよな」
「学者さん……ですか? 採掘の仕事で稼ぎながら、地質学を調べてらっしゃるとか……」
「そんなお堅い様子でもなさそうだったがなぁ」
どうにも腑に落ちない様子で、グランは首を傾げた。荷台に座ったランジュは二人の会話にはあまり興味がないらしい。リノにもらった虫入り琥珀を、うさぎの人形に見せてやっている。
「樹の蜜が宝石になるのですー。たべものじゃないのですー」
なんだ、琥珀がなにか知ってるんじゃないか。あの子ども子どもしたしゃべり口は、いったい素なのか演技なのか、やはりグランにはよく判らない。
「……まぁいいか、飯もうまかったしな」
考えているうちにいろいろ面倒になってきて、グランは通り過ぎる町並みに目を向けた。
町の正門に向かう大通りは、昼の休憩に入った職人達や町の者の姿が増え、来た時よりもだいぶ賑やかになっている。
先を行くルキルアの部隊にも、かなり迫っているはずだ。ここまで来たら、足止めを喰らったり、厄介事に巻きこまれることも、もうなさそうな気がした。