1.枯れ谷と宝物<1/3>
「いやぁ、助かったよ。これこそレマイナのご加護って感じ?」
自分の荷物をグラン達の乗ってきた馬車に移し終えると、彼は人なつっこそうな笑顔を見せた。
この辺りではあまり見かけない、南方風の色濃い肌にくっきりとした目鼻立ちが特徴的だ。背は低めで細身だが、体つきはわりとがっしりしていて、頼りなさは感じられない。子供っぽさすら感じさせる顔立ちとは裏腹に、手には農具や鉱具を日常的に扱うもの特有の厚みがあり、指も節が目立つ。
一見して、各地を渡り歩いて力仕事を請け負うような暮らしをしているのだろうと思われた。
先を行くルキルア・エルディエルの部隊を追い、グラン達は荷馬車で街道を東に向かっている。休憩に立ち寄る村や町には、エスツファがグラン達のためになんらかの情報を残してくれていた。なにごともなければ、もう一日あれば追いつけそうだ。
このあたりは川沿いに広がった斜面に、葡萄畑か放牧用の草原が広がっているのが大半で、街道沿いはとても見晴らしがいい。旅人のために一定間隔で植えられた木がほどよく影を作って、その下で休憩を取っている徒歩の旅人達も時々見受けられた。
だから、その男が木陰で座っているのを遠目で見たときも、ただ休憩をしているだけだろうとグランは思ったのだ。そばには小さな荷馬車と、小柄だが馬力のありそうな馬がつながれているのも見えたから、余計に。
だが男は、荷馬車が近寄ってきたのに気づくと、嬉しげに両腕をふりながら声をかけてきたのだ。
「実は、荷馬車の車輪がダメになっちまったんだ。礼はするから、エルペネの町まで、この積み荷をそっちの荷馬車に載せてもらえないかな」
言われて荷馬車から降りたグランがまずやったのは、周囲に男の仲間と思われる者が潜んでいないか探ることだった。立ち往生をしているふりで旅人に声をかけ、油断させた所を別の仲間が襲ってくる、という形の物取りは、街道では良くあることだ。
だが、こんな広い草原地帯で、ほかに身を隠せそうな場所はない。男も、グランの素振りの意味に気づいて、大げさに肩をそびやかした。
「物取り目当てなら、兄さんみたいな用心棒が乗ってる荷馬車に声なんかかけないよ。せめて町についたら衛兵でも呼んでくれって頼みたいのに、ほかの奴等は警戒して、立ち止まってもくれないんだ。ねぇ、頼むよ。荷物だけ載せてくれれば、おいらは馬でついていくから」
「一人で移動するのに、荷馬車なんか使ってるのか?」
「仕事道具が重くてでかいんだ」
男は肩をすくめ、傾いだ荷車の中を指で示した。
「できあいの道具屋じゃ、おいらの体にあった道具を手に入れるのが大変なんだよ。やたらでかくて使いにくい割に、鉄がよくないのが多くてすぐだめになっちゃうんだ。これは、前にいたところで特別に作らせたやつなんだよ。兄さんの商売道具と一緒だよ」
「採掘の仕事をされてるんですか?」
後輪の車軸が折れて斜めに傾いでいる荷馬車の中をのぞき込み、馬車から降りたエレムが訊ねる。ランジュは荷台に載ったまま、傾いだ荷馬車につながれた背の低い馬を興味津々といった様子で眺めている。
荷台には、仕事道具が入っていると思われる麻袋と一緒に、ツルハシや鈎のついた頑丈そうな縄、鉄の紐で編まれたザルといった、大物の作業道具が束ねてあった。特にツルハシに使われている金属は、グランが見てもなかなか質の良さそうな鉄を使っている。
鍬やスキといった農耕道具は、古道具屋に行けばそれなりに手に入るし、頼めばどの町や村でも鍛冶屋が作ってくれる。というか、平時は農具や生活用具を作っている鍛冶屋が、必要になれば武器や防具も作るようになるのが一般的だ。
情勢の穏やかな南西地区では、腕のいい武器専門の鍛冶屋は、国の軍隊が抱えているか、傭兵が多く集まる大きな都市ぐらいにしかない。でも、武器専門の鍛冶屋なら、火力の高い炉を用いた金属強化ができるから、農具も非常に質が良いものが出来るのだ。
「うん、ちょっと前までは、ずうっと南の国の鉱山にいたんだけどさ、情勢が悪くなってこっちに移動してきたんだ。サルツニアまで行けば腕のいい採掘者を高給で雇ってくれるっていうから、最終的にはそこをめざしてるんだけど、この先に、鉱山が集まった地区があるって聞いてね。先にそこで一稼ぎしていくつもりなんだ」
「街道の南にある枯れ谷だね」
それまで黙って様子を見ていた御者が、合点がいった様子で頷いた。
「ほかにいい採掘場所が見つかったから、今は半分くらい採掘を休止してるけど、出尽くしたわけじゃないからね。それなりに賑わってるよ。銅や鉛が主だけど、元は川底だったせいか、いろんな石が出るらしい。金剛石が出たって話もあるから、あんたみたいに小遣い稼ぎに立ち寄る奴も多いね」
「金剛石、いいなぁ、浪漫だよね」
男は白い歯を輝かせる。確かにグラン達に対しては、よからぬ企みなどしてはなさそうだ。
荷車を観察していたエレムが、気の毒そうにグランをふり返った。




