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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
 ― 番外編 ― 導かれぬ者たち
184/622

導かれぬ者たち<後>

『聞こえますか……あなたを……待っていました……』 


 闇の中からかすかな声が聞こえる。グランは振り返った。

 最近よく見るあの夢だ。声の聞こえる方にはおぼろな光があるように思えるのだが、それが遠くにあるのか近くにあるのかすら、見定めることが出来ない。


『あなたこそ、この世の闇を裂く光となるべき者……答えて……私の声に……』

「なんだよ?」

 いい加減相手の姿を探るのも面倒になって、グランはぶっきらぼうに声を上げた。

『聞こえ……ているのですね? よかった……。……私は、あなたを待っていました……』

「待ってたのはいいけどなんなんだよ。毎度毎度同じこと繰り返しやがって、こんなんじゃ目覚めがすっきりしねぇだろ」

『そ、それは、ごめんなさい……』

 イライラした様子のグランに、声の主は多少怯んだ様子で素直に謝っている。

「いいからなんの用だかさっさと言え」

『はい……。私……私は、ずっと憂えていたのです。今この地方は、大きな戦争こそ起きず、ひとの世は長らく安定しているように見えます。しかしそれは表向きのこと。この世を絶望に陥れようとする闇の力が、人知れず勢力を伸ばし、過去の戦乱の時代を今再び再現しようと画策しています。私は長らくその力と戦える勇者を待っ……』

「具体的には?」

『えっ』

 調子よく語っていた謎の声は、冷ややかなグランの問いに戸惑った気配を見せた。

「だから、その『闇の力』って、具体的にどこの誰なんだよ。『人知れず勢力を伸ばし』って、具体的になにやってんだよ」

『そ、それは、闇の力ですから、ひとの心を惑わし、欲望を煽って争いごとを……』

「だ・か・ら! それを具体的にどうやってんだって質問してんの! 人の話聞いてんのかお前」

『お、お前って……。そ、それは、簡単に人の目に見えない形で影響するからこそ、私も闇の勢力に立ち向かう者たちを集めるのに苦労しているのです』

 動揺した様子ながらも、声はなんとか神秘的な口調を保ちつつグランを諭し続ける。

『ですが、あなたなら、――月を宿す剣を扱うあなたなら、人の世を支配しようとする邪悪な力に立ち向かうことが出来ます。どうか、私と共に、世を混乱に陥れようとする者たちの邪悪なる力を滅ぼし――』

「なんで?」

『えっ』

 いい加減うんざりとした声で、グランは語り続ける謎の声を遮った。

「五〇〇歩くらい譲って、闇のなんとかが人知れずなにかやってたとして、なんで俺がそいつらと戦わなきゃなんないんだ?」

『そ、それはもちろん、そうした悪しき力のために苦しんでいる者たちを救うために』

「なんで? 俺はなんにも迷惑してねぇよ?」

『いえ、あなたはそうでしょうけど』

「そういう力にいろいろ困らされてるなら、困らされてる本人がまず戦うべきじゃねぇの。しかも俺、なんとかって悪も、苦しんでる奴らも、聞いたことも見たこともねぇよ。困ってるならまず自分たちで動けよ。なんで全然関係ないところにいる俺にわざわざ声かけにくるんだよ」

『だって、あ、あなたには巨悪に立ち向かうだけの力があるのですし。悪しき力に虐げられた者たちを救うことのできる者を、私はずっと待ち……』

「そもそも、あんたなんなんだ?」

『えっ』

 冷ややかなグランの声に、今度こそ謎の声は凍りついた。

「闇のなんとかと戦えってひとを焚きつけておきながら、あんた、特にそいつに迷惑かけられてるわけじゃなさそうだよなぁ? 『助けてくれ』じゃなく、『みんなのために戦ってくれ』『世の中を救ってくれ』って、なんなんだよそのいい人ヅラした他人事っぽい頼み方」

『そ、それは、私はひとと同じ苦しみを味わうわけではありませんが、虐げられる弱い者たちの苦しみを自分のことのように感じていて、それで、世を正す力を持つ者が現れるのを待っ……」

「馬っ鹿じゃねぇの?」

『ばっ……?!』

 これが実体のある人間なら、目を白黒させて絶句しているに違いない。グランはぼやけた光の浮かぶ虚空に向かって、うんざりと吐き捨てた。

『本当に何とかしたいなら、いつ来るか判らねぇ勇者なんか待ってないでまず困ってる奴らに対処法を教えろよ。こうやって夢の中で直接ひとに話しかけられるなら、烏合の衆をひとつの勢力にまとめて戦う方法だって教えられるだろ。本当になにかをしたいなら、なんでまず自分の力を効率的に使おうと思わないんだよ、馬鹿か」

『で、ですからその、共に闇に立ち向かってくれるものを探してこうして……』

「お断りだ」

 グランはきっぱりはっきりと言い放った。

『ここまで俺が相手にしてやってるのに、具体的なことを何一つ言わねぇじゃねぇか。耳触りのいいことばっかり並べて、結局他人をいいように使って正義の味方ぶりたいだけなのが見え見えだ。ものの頼み方ってのが全然なってねぇ。生まれ変わって出直してこい!』

『ひっ……、人でなし……!』

「はぁ?」

 人間かどうかも判らない相手に、なぜ人であることを否定されなければいけないのか。思わず言いつのろうとしたが、その時にはもう、それまでそこにあった何者かの気配は、ぼやけた光と共に闇の中に散り消えてしまっていた。

 

※ ※ ※


「あー、たまにあるのよね。ほら、『あなたは特別な人間だから、私の言葉に従って世の中を正すのだ』みたいに、神の啓示を装って、人間と有利に契約しようとする精霊」

 グランとエレムの間に当然のように座って話を聞いていた、自称『暁の魔女』は、さもありなんといった顔で大きく頷いた。

「なんの取り柄もなく、かといって努力もしたがらない自尊心だけが高い人間が、よく引っかかるのよねー。ありのままの自分を認めてもらったような気になるんじゃない? アサハカよね」

 可愛らしい唇から、なかなか容赦のない台詞がこぼれてくる。

「魔物は人を惑わすときは、美しいものに姿を変えると言いますけど、精霊もそういうものなんですか?」

「そりゃそうよ、人間と契約することにそれなりにメリットがあるから、向こうから近づいてくるんだもの。そこをどれだけこっちに有利に契約して存分に使い倒すかが、精霊魔法使いの力量ってとこね」

「はぁ……」

「でも、ちょっともったいなかったわねー」

 気が抜けたようにエレムが頷くと、彼女は、

「夢とはいえ人の意識に直接介入して会話できるくらい自我がある精霊なら、わりと強力な魔力を持ってたんじゃないかしら。その勢いで逆に言いくるめて、使役してやるくらいの条件で契約しちゃえば役に立ったかも知れないのに」

「そんなの知るかよ。それに、ああいう厄介なのといちいち関わってられるか」

「まぁ、厄介っていったら大陸級に厄介なのを背負ってるわけだものねぇ」

「ほっとけ」

 憮然とした顔で吐き捨てるグランが余計に面白かったらしい。彼女は薔薇色の髪を揺らしてくすくす笑っている。その頭越しに、グランとエレムはなんともいえない表情で顔を見合わせた。



 厄介事がいっぱいの日々は、当分終わりそうにない。


<導かれぬ者たち・了>

謎の声「こんな勇者やだ」

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