導かれぬ者たち<前>
ドラ○エビ○ダーズ4章のル○ス様にいらっとした方に特に捧げます。
仮フォルダの名前は『ルビ○様嫌いじゃないよ』でした。
『聞こえますか……あなたを……待っていました……』
自分の指先すら見えない闇の中、かすかに聞こえる呼び声に気づき、グランは振り返った。
遠くに、おぼろな光が見えるような気がするが、目を凝らせば凝らすほどぼやけてしまう淡い星のように、その光をはっきり目に捉えることが出来ない。
『月の剣を抱く者……あなたこそ、この世の闇を裂く光となる者……。どうか私の声に……』
女かも男かも判らないその声の主を見定めようと、グランは目をすがめた。はっきり見ようとすればするほど、その光は淡く、闇の中にぼやけていく――
※ ※ ※
「――?」
目を開けると、灰色にくすんだ天井の模様が見えた。日が昇ってだいぶ経っているのか、窓から差し込む光のおかげで燭台なしでも部屋は明るい。その窓を開け放って、エレムが空気を入れ換えているせいもあるのだろうが。
「あ、おはようございます、グランさん」
「おはよございますー」
エレムの声に合わせて、寝台の上の毛布の中で芋虫の遊びをしていたランジュが顔をのぞかせる。一〇歳ほどの少女の姿をしているランジュは、ルキルア城でのあの騒ぎの後から、寝台のある部屋に泊まるときは必ず、エレムと一緒に寝ている。
旅の間にすっかりエレムになついてしまったらしく、三人でいるときはグランよりもエレムにひっついていることが多い。たぶん、グランよりエレムと一緒の方が、食べ物を与えられる確率が高くなるのを学習してしまったのだろう。
「……どうしたんですか? グランさん」
目をあけたものの、グランはいつまで経っても寝台から起き上がろうとしない。温くなった水差しの水を桶にあけて、ランジュの手と顔を拭く準備をしていたエレムが、訝しそうに首を傾げる。
「いや……なんか変な夢だと思ってさ」
「夢ですか?」
「うーん……」
グランは天井を見上げたまま、夢の内容を思い起こそうと額に手を当てた。
「最近さ、明け方に必ず同じ夢を見るんだよ。真っ暗な中で、遠くに薄ぼんやりした光みたいなのが見えて、その光の方から声がするんだ」
「声、ですか……?」
「『あなたを待っていた、あなたこそこの世の闇を裂く光となる者』……ってなんでそこで吹き出すんだよ」
「あっ、すみません」
思わず失笑したエレムは、グランに睨み付けられて微妙な笑顔のまま首を振った。
「だってまるで、大衆演劇の英雄譚で、神様に見込まれて国やお姫様を救う主人公みたいじゃないですか。グランさん、そんな願望あったんですか」
「ねぇよ。つーかそんな大衆演劇見たことねぇよ」
「そうですか? 僕は小さい頃から、よくラムウェジ様に連れて行っていただきましたよ? それまでごく普通の農民や平民だった人が、なんの前触れもなくある日突然『神』の啓示を受けて冒険に出かけ、いろいろな人や国を救って最後には王様になる話とか。なにがすごいって、そういうお話の主人公って、それまで自分に何にもしてくれなかった、名前も知らない神様に突然導かれていろいろな課題を出されても、なんの疑問も抱かないんですよねぇ」
「お前、神官の癖に、割とそういうのに辛辣だよな……」
「ラムウェジ様は、空想の物語として楽しんでればいいって方でしたけどね」
桶の水で濡らしたタオルを固く絞りながら、エレムは肩をすくめた。
「地道に努力して英雄と呼ばれるようになったならともかく、特に理由なく選ばれて伝説の剣や謎の力をもらって無敵の英雄街道まっしぐらなんて、ご都合主義もいいところでしょう。どうにも冷静になってしまって」
「まぁなぁ」
グランは気が抜けた顔つきでのっそりと起き上がった。話しているうちに、夢の中で見た光景や、聞こえた声音も、だんだんおぼろになってきてしまっていた。
「でも、同じ夢を何度もっていうのは変ですよね。グランさんにひどい目にあわされた誰かが、睡眠不足にでもなるように遠くから呪いをかけてるとか……」
「なんでそうなるんだよ、心当たりなんかねぇよ」
「そりゃあ多すぎて覚えてられませんよね。……冗談ですってば」
ぼさぼさの髪をかきあげながらにらみ返したグランに、エレムはまんざら冗談でもなさそうな顔でそう言うと、
「それはそれとしても、何度も出てくるようなら、直接聞いてみたらどうですか?」
「聞く? 夢の中の声にか?」
「そうですよ。夢っていうのは自分の心の深い部分の表れだという話も聞いたことがありますから、何度も出てくるなら、なにかが無意識に気に掛かかっているのかも知れませんからね」
「そういうもんなのかぁ?」
「心当たりがないというのなら、それこそ本当に、神でも人でもない何者かが、なにかを訴えようとしているのかも知れませんよ」
「そんな、くだらない怪談話みたいな……」
吐き捨てようとして、グランはふと動きを止めた。
グランの向かい側の寝台では、『子どもの姿をしているが人間かどうかも怪しい存在』が毛布にくるまってごろごろ遊んでいる真っ最中だった。
グランの視線を追って、それまでからかい半分に話していたエレムも、気まずそうに口を閉ざす。
「……まぁ、あまり考えすぎないで、気になるようなら教会の司祭様にでも相談に……」
「うーん……」
たかが夢に、そんな深刻になるつもりもない。
考えてみたら、目の前のこの『子どもの姿をした以下略』のほうが、現実として切実に厄介だ。それに気づいたら、おぼろになっていく夢のことなど、グランは綺麗に忘れ去ってしまった。




