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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
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16.緑原の英雄と冥闇の使者<5/5>

「司祭様、た、大変で……あら?」

 飛び込んできた女性は、椅子に揃って座っているグラン達を見回して目をしばたたかせた。そういえば、夜中にここにグラン達が移動してきたのは、村長と司祭以外知らないはずだ。その村長は先に家に帰っている。

 騒がしい女の声に気づいて、司祭もエレムも目を覚ました。ランジュもわざとらしく目を擦りながら起き上がる。

「おや、アディさんおはようございます。どうしたんですか?」

「え、あ、それが、いつも通りの順番に掃除をしようと思ったら……」

 アディは少し戸惑ったものの、説明の言葉を探すように口をぱくぱくさせながら、自分が来た方向を指差した。

 砦跡の、塔がある方向へ。

 はっとした様子で、司祭とエレムはグランに目を向けた。何が起きているか察しがついて、グランは黙って肩をすくめる。

「行ってみた方が早そうですね」

 立ち上がろうと、腕の中に抱えていた大刀の柄を持ち直したエレムの手の中で、なにかがはじけるような乾いた音が響いた。

 柄は突然真っ二つに砕け折れ、先端側を覆っていた金具が床に落ちた。

 昨日まで、異常なほど良好な保存状態を保っていたボーデロイの大刀の柄は、今は全体が朽ち果てる寸前にまで枯れ細り、折れた先から落ちた金具もすっかり錆びてぼろぼろになっていた。

 まるでそれだけが一晩で、数百年も時が過ぎたかのように。



「これは……」

 開け放たれたままの塔の扉をくぐると、中の光景を見て司祭は言葉を失った。

 昨日までは異常なほどの良好な状態で飾られていた、英雄ボーデロイの甲冑。それが今は、信じられないほどの錆に腐蝕され、鎖で編まれた部分は形が維持できないほどぼろぼろになっている。

 特に胸甲部分の金属は赤く錆びつき、大半が床に砕け落ちていた。

 まるでなにか大きな力が胸甲の中央を貫き、そこからヒビが入ったかのような不思議な砕け方だった。

「……こりゃまた、判りやすい」

「でもこれなら、村長さんにもすぐ納得していただけそうですね」

 グランとエレムは、床に崩れて小山を作っている鉄の鎧“だったもの”を眺め、妙に感心した様子で肩をすくめた。

 司祭もすぐに納得した様子で、困惑した様子の女に向けて大きく頷いた。

「いいんですよ、これが正しい姿なんです。アディさん、すみませんが、村長さんを呼んできてもらえませんか。ほかの人を驚かせないように、あまり騒がずに」

「は、はい……」

 腑に落ちない顔つきながらも、アディは急ぎ足で外へと出て行った。足音が遠ざかると、司祭は感嘆した様子でグランとエレムに向き直った。

「これでやっとボーデロイは、無に還ることが出来たんですね」

「……たぶんな」

 夢の中で、枯れ葉に姿を変えて、多くの死体達と共に空に消えていったボーデロイを思い起こし、グランは頷いた。

「ありがとうございます。これでこの村も、どんな旅人も安全に休める場所になれるでしょう」

「俺は別に、ちゃんと報酬さえもらえればなんだっていい」

「グランさん! せっかく皆さんのためになる結果になったんですから、もう少し言い方ってものが」

「うるせぇな、丸く収まったならいいじゃねぇか」

 エレムにたしなめられ、グランは面倒くさそうにそっぽを向く。司祭は苦笑いを浮かべ、エレムに手を引かれたランジュに目を向けた。

「お二人にもランジュちゃんにも、何事もなく済んで良かったです」

 そのランジュは、ボーデロイの鎧を見ても怯えた様子はない。夢の中の出来事など、それこそ夢のように忘れてしまったのかと思わせるような表情だ。

 ランジュはしばらく、錆び崩れた鎧の破片を不思議そうに眺めていたが、不意に、あいている片手をその破片の山に伸ばそうとした。慌ててエレムがつないだ手を引いた。

「ランジュ、危ないよ」

「きらきらしてるのですー」

「えっ?」

 そういえば、甲冑の胸元に埋まっていた銀貨はどこに行ったのか。

 床に崩れた甲冑の破片の中に、銀色の輝きを見つけて、グランは手を伸ばした。

 急速に劣化し、錆びてざらついた金属片の中で、一枚の銀貨だけが磨き上げられたばかりのような美しさを保っている。指でつまみ上げ、グランはその銀貨をまじまじと眺めた。

 葡萄の葉の描かれた面と、その縁に埋め込まれた七つの小さな灰色の石。なにひとつ欠けることもなく、昨日のまま同じ形を保っている。

 なにげなくそれを裏返し、グランは目を丸くした。

「これって……」

 グランの様子に気付いたエレムもその面をのぞき込み、驚いた様子で司祭に目を向ける。

「ああ、この銀貨は、ボーデロイが亡くなった頃に作られたものなんですけよ。裏の絵の由来は語られていませんが、当時のこの地方ではこれを災厄避けのお守りとして身につける風習があったそうで……」

 説明の途中で、何人かの足音が聞こえてきたのに気づいて、司祭は塔の外に出て行った。村長が来たらしい。

 手を伸ばし、銀貨を欲しがるランジュの頭を片手で軽く押さえ、グランとエレムはしばらくの間、銀貨の裏面を言葉もなく見つめていた。



 銀貨の裏には、どこか見覚えのある、髪の長い女の横顔が刻まれていた。


<緑原の英雄と冥闇の使者・了>

お読みいただきありがとうございます。

六章開始まで、少し調整のお時間を頂きます。

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