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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
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15.緑原の英雄と冥闇の使者<4/5>

 グランは体全体でぶつかるように、その光円の真上に切っ先を突き入れた。

 本来なら剣の突きなどはね返すはずの鉄の胸甲を、グランの剣は吸い込まれるように貫いた。

 ボーデロイはなにか叫ぼうとした様子だった。風が動く気配を感じ、剣を突き入れたままの形でグランが視線を上げると、兜の下でボーデロイの口元がなにかを囁くように動いているのが見えた。

 だが、言葉は口からでる前に風の音に姿を変え、同時にボーデロイの足が、腕の先が、枯れた葡萄の葉へと姿を変えていく。

 ボーデロイだけではない、葡萄畑一面に倒れ伏す多くの死体達が、一斉に枯れた草葉に姿を変え、灰色の空に舞い上がっていくのだ。

 銀色の鎧も、兜の下のくすんだ顔も、全てが砕け崩れて風に巻き上げられていく。その中で、形を失っていくボーデロイの口元が満足そうに歪むのを、グランは確かに見た――ような、気がした。

「これは……」

 立ち上がったエレムが、呆然と周囲を見回している。いつしか、自分が貫いていたものの姿もなくなって、グランは剣を下ろし、振り向いた。

 地面に突き刺さった大刀も既に形を無くし、名残の枯れ葉が宙に舞い上がる。その向こうで、さっきグランの横にいたはずの女は、いつの間にかランジュの隣に立っていた。

 グランと目があうと、女はやれやれといった笑みを見せた。感謝や感嘆よりも、奇妙な既視感と苛立ちをその笑い方に感じ、グランは思わず女を睨み返した。

 だが女はたいして気にした様子もなく、あいていた右手でランジュの頭に手を伸ばした。それまできょとんとしたまま周囲の光景を眺めていたランジュが、髪を撫でられてくすぐったそうに笑い声を上げた。女はグランに向けたのとは全く違う、柔らかな笑みを見せた。

 すぐにランジュの頭から手を離すと、女はくるりとこちらに背を向けた。自分はただ通りがかっただけだというような、未練のなさで。

「お、おい、あんた、ひょっとして」

 なにを問おうとしているのか自分でもよく判らないままグランは、歩き去ろうとする女を呼び止めようと手を伸ばした。

 乾き荒れた灰色の戦場は、いつのまにか原木が規則正しく整列した葡萄畑へと姿を変えている。それらはグランが踏み出すそばから、みずみずしく枝を伸ばし青々とした葉を茂らせ、伸びた枝葉が見上げる空は、夜明け前の美しい藍色へと色づいていく――



「……ってぇ!」

 衝撃を感じて目を開けると、眼前にあったのは床だった。

 女を呼び止めようと腕を伸ばしたままの形で、長椅子から転げ落ちてしまったらしい。グランは頭を振りながら起き上がった。

 消えかけた燭台の炎よりも、外から差し込む光のほうが明るく部屋を照らしている。

 窓の外にはほの白い朝の空と、昇って間もない朝日が木々の枝葉を輝かせているのが見える。その光が顔を撫でても、腕組みをした形で椅子に座っている司祭はまだ目を覚まさない。

 グランのはす向かいの長椅子に座ったまま眠るエレムも、薄掛けをかけられて横になるランジュの頭を膝に乗せ、まだ目を覚ます様子がない。

 そのエレムは、右腕にボーデロイの大刀の柄を抱えている。

「ったく、夢の中でまで他人のやり残しの後始末かよ……」

 グランは気が抜けた思いで長椅子に座り直した。

 ボーデロイの反応からして、あの女が生前のボーデロイのとどめを刺したのは間違いないだろう。だが、ボーデロイが自分を殺したものを捜していたのは、恨みからくる復讐のためだったのかと問われれば、今となっては判断がつかない。もし単純に復讐のためなら、あんな風に満足そうにあっさり消えていくとも思えないのだ。

 まともに自分と戦えるものが誰もいなくなったボーデロイが、正気を失った後もずっと求めていたのは――

「……ま、いいか」

 なんにしろ、もう確かめようのないことだ。あくびと一緒に大きく伸びをしようとした……所で、グランはふと視線を感じて顔を向けた。

 エレムの膝枕で横になっているランジュが、薄掛けに半分顔を隠してグランをこっそり伺っている。目があうと、ランジュは目を笑みの形に細め、またすぐに寝たふりを始めた。

 あのガキ、最後までしらばっくれる気か。グランは少しの間仏頂面でランジュを睨み付けていたが、すぐに薄い笑みを浮かべて息をついた。エレムも司祭もまだ起きそうにないし、もう一眠りでもしようかと思ったのだが、

「な、なぁにこれ?!」

 窓の外から、大きな声が聞こえてきた。昨日自分たちを迎えてくれた、年配の女の声だ。ほどなく、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

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