表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
180/622

14.緑原の英雄と冥闇の使者<3/5>

 ひときわ大きな音がして、ランジュの眼前に閃光が走った。

 緩く回転しながらはじき飛ばされた大刀は、中空に弧を描き、ランジュからもボーデロイからも離れた地面に突き刺さった。巻き起こる風に、倒れていた多くの死体が、枯れ草に姿を変えて舞い上る。

 目の前のボーデロイに打ちかかる形のまま、グランはあっけにとられて目を瞬かせた。

 それまで一人で立っていたランジュをかばうように、黒い人影が立っている。

 比喩ではなく、それは文字通りの“黒い人”だった。

 背の高い、どちらかといえば華奢なようにも見える細い体に、真っ黒な法衣。肩に触れる程度に伸びた髪が闇の色なら、前髪の下に見える双眸も、星を湛えた夜空のように黒く美しい。全てが灰色の世界の中で、その黒い姿は鮮やかな存在感を示していた。

 そして“黒い人”は、法衣からのぞく左手に、見覚えのある剣を握っていた。

 グランの持つ剣と同じ形の柄に、ボーデロイの持つ大刀の先と同じ形の刃。ただ剣身には特に石などはなく、代わりに、柄に埋め込まれた大きな月長石が満月のように青白く輝いている。

 女はその黒い瞳にグランを映すと、淡い紅色の唇で笑みの形を作った。苦笑いとも、楽しそうとも判断がつかない、皮肉さのある笑みだ。

 あっけにとられているグランとエレムの間で、突然、ボーデロイが咆哮を上げた。叫びながら、間近に突き刺さった大刀の柄――エレムの手から離れた、刃のないそれを引き抜くと、すぐそばにいるグランにはもう目もくれずに、柄を振りかざしながら黒髪の女に向かって駆け出した。

 地を揺らすような咆哮、地響きを上げて女に迫るそのさまは、なぜか、憎悪よりも歓喜に突き動かされて駆け寄る姿にしか見えなかった。

 そのボーデロイの視線の先で、女は明らかに面倒そうに眉を上げた。だが、それも一瞬。

「――は、はええ?!」

 土を踏み蹴る音が聞こえた――と思ったときには、女の持つ剣の刃は既に、迫るボーデロイの眼前で閃いていた。打ち合う音と一緒に周囲に散る無数の火花は、まるで闇の中から星が生み出されるかのように、場違いに美しくすら見えた。

 柄だけとはいえ、駆け寄る勢いも相乗されたボーデロイからの攻撃にも、女の動きはまったく鈍らない。重さの乗った最初の一撃を刃で逸らされ、勢いを受け流されてしまうと、女の繰り出す刃の動きに、今度はボーデロイの方が圧されている。

 女の勢いを体で押し返そうとするように、ボーデロイが柄を振り下ろしながら大きく一歩踏み出した。両手で柄を持ち、攻撃を受け止めようとした女の動きがさすがに止まった――と思った直後、

 ボーデロイの持つ柄が、ほぼ真っ二つに斬断された。

 金具で覆われていた柄の先端部分が、光の弧を描いて離れた地面にめり込んだ。

 考えてみれば当たり前の話だが、柄自体は木製なのだ。刃をつけるための金具が全体の三分の一を覆っていただけなのだから、そこを避ければ腕の立つ者なら真っ二つにだって出来る。

 刃を防ぐ手立てを失ったボーデロイに、女は更に容赦なく斬り込む――かと思いきや、逆に距離をとるように飛び退いた。

 比較的近くで行われる二人の斬攻に手が出せず、あっけにとられて動きを止めていたグランの隣へと。

 間近に来ると、女は背丈もグランとさほど変わらない。整った横顔でボーデロイを見据えたまま、女は剣を持った左腕をまっすぐに伸ばした。切っ先を敵に突きつけるというよりは、指し示すといった気負いのなさだ。

「生まれ落ちた全てのものに、等しき眠りを与えるカーシャムよ」

 立ち上がろうとする体勢のまま、呆然としていたエレムが、女の声にはっと息を呑んだ。

 女の言葉と共に、それまで剣の柄で満月のように淡く輝いていた月長石が、みるみる色を変えていく。それは、周囲の気配をひとつにまとめたような、透明感のある不思議な灰色だった。だが、そう見えたのは一瞬で、

「その夜のように深き懐に、行き場を失ったあなたの幼子を迎え入れたまえ」

 女は言葉にあわせて、剣を持った腕を真横に一閃させた。それを合図にするかのように、月長石に蓄えられていた灰色の輝きが、剣身から剣先を伝うように一直線に放たれた。

 咆哮を上げ、役に立たない武器を捨てて握った拳を振りかざしながら、女に向けて駆け出そうとした、鎧の大男に向かって。

 その輝きが鎧の胸元に吸い込まれた――瞬間に、それを中心に大きな光円と七つの角を持つ巨大な星が鮮やかに宙に浮かび上がった。

 勢いよく駆け出そうとしていたボーデロイは突然、雷に打たれたかのような不自然さで動きを止めた。まるで、その光円がボーデロイの体をその場に縫いつけたかのようだった。

 光円は一瞬だけ鮮やかに輝くと、ボーデロイの胸に一気に収束した。

 鎧の胸の中央で、収束した光円が、銀貨のように鮮やかな灰色の輝きを放っている。

 まるで、ここを狙えとでもいうかのように。

 女は視線だけをグランに向けると、促すようにボーデロイに向けて軽く顎を動かした。グランは反射的に駆け出していた。

手前てめぇの相手はこっちだ!」

 立ったまま金縛りにでもあったように身動きできないでいたボーデロイは、グランの声に反応し、わずかに向きを変えた。剣を持った右腕を引き疾走するグランの正面で、鎧の胸の光円が灰色に輝いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ