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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
177/622

11.土の記憶<6/6>

「ランジュは『ラグランジュ』ではありますけど……、でも、普段はごく普通の子どもじゃないですか。ランジュを危険な目にあわせるような真似はできないですよ。グランさんだってそう思ってるから、夢の中でランジュをかばったんでしょう?」

「うるせぇな、あんなでかいのが相手構わず武器振り回してたら、いくら俺だって止めに入るに決まってんだろ。そういうことじゃねぇよ。お前、あの鎧野郎が持ってた大刀、ちゃんと見たか?」

「大刀……?」

 エレムは無意識に自分の脇腹を押さえながら、首を傾げた。

「塔の前にある銅像と同じ形だったのは記憶にありますけど、……そういえば、ほとんど色のない夢だったのに、あの刃の周りだけは赤っぽく光ってましたね。返り血かなとか、あまり深くは考えなかったんですけど……」

「あの刃の、柄の近くに赤い石が光ってた」

「えっ?」

「あれは『ラステイア』の剣についてた石だ。ボーデロイは、『ラステイア』と契約してたんだ」

 特徴のある槍の穂先、その側面に埋め込まれた紅い石。燃え落ちる落日の色。

 ラグランジュの持ち主の剣には、月ような乳白色の光を放つ石が与えられているように、ラステイアの持ち主の剣には、落日の色をした石が与えられる。

「シェルツェルは俺に会う前から、『ラグランジュ』の主がこの剣を持っていることを知ってたみたいだったろ? てことは、ボーデロイが『ラステイア』の主なら、『ラグランジュ』の主を見分けられるんじゃねぇか。生きていた頃のボーデロイが実際に、当時の『ラグランジュ』の主と会った事があるかは判らねぇけどな」

「そうか……敵に回れば厄介な相手になるのは、お互い承知してますからね。グランさんの攻撃が有効ならなおさら、倒さなきゃいけない相手だと思われたでしょうし……」

 合点がいった様子でエレムは頷いた。

「それじゃあ、『ラステイア』と契約する際に、誰よりも強くなると望んだ、その代償に、ボーデロイさんは気が触れてしまったんでしょうか」

「そういうことなんじゃねぇ? 狂わなくても、どっちみち戦争が終われば邪魔者扱いだったろうけどさ。そんな化け物みたいに強い奴が臣下にいてみろよ。王様も気が気じゃねぇだろ」

「そんな……国のために頑張ってくれた人を、そんな風に扱うものなんでしょうか」

「そんな話、どこの国の歴史にだって、いくらでもあんだろ。上を目指せば目指すほど、人ってのは孤独になるもんなんだよ」

 グランは吐き捨てるようにそう言うと、相変わらず黙って座ったままエレムの肩に頭を預けているランジュに目を向けた。『ラステイア』の話をしているのが判っているはずなのに、ランジュは興味を示す様子がない。持ち主にはまったく役に立たない存在として具現する『ラグランジュ』として、これは正しい反応なのだろうが。

「関わっちまったもんは仕方ねぇ。避けて通れないなら、せめて少しでも得になるような交渉をしねぇと、割にあわねぇまんま終わっちまう」

「……そういうことなら、仕方ないですけど……」

 エレムは渋々頷いた。

「でも、グランさんはともかく、僕まで同じ夢を見たのはなぜだったんでしょう。さっきのボーデロイさんの攻撃は防げなかったし、そもそも僕は相手にもされてなかったです。また同じ夢を見られたとしても、なんの役にも立てないような気がします……」

「いや、あいつが大刀の柄で払ったって事は、少なくとも、ボーデロイにはお前の姿は見えてたってことなんだろうし……」

 夢の中とはいえ、相手は鎧兜で顔まで隠した大男だ。あれだけの巨体でグランと互角に動けること自体がとんでもない。

 あれほどの重装備になると、戦場では馬に乗っているのが普通だ。攻撃も馬の勢いを利用した破壊力があるものになるが、馬から降りたとたんに動きは鈍り、消耗も速くなる。ああいうのは、馬から落として動けなくなったところを、甲冑の隙間から短剣なりでしとめるのが一般的なのだ。今回は、それが難しい。

 自分の剣がボーデロイの鎧にへし折られることなく食い込んでいたのは、ボーデロイの時代の製鉄技術が、今の時代のそれよりもまだ未熟だったからだろう。だが、あの厚さの鎧では、決定的に有利な要素とはなりえない。

 夢の中の化けものと、正面から正々堂々戦いたいなどという無駄な気概はグランにはない。戦場では、生き残ってこそ勝ちなのだ。危険も労力も少ないほうがいいに決まっている。

 せめて、エレムにも相手の動きを鈍らせるくらいの手だてがあれば、だいぶ楽になりそうなのだが。せっかく一緒に夢に出てこられるのだから……



「……もういいぞ」

 扉の外で、入る機会を伺っている人の気配がする。グランが声をかけると、司祭と村長が揃って、あけた扉から遠慮がちに顔をのぞかせてきた。村長がおずおずと、

「あの、葡萄酒のことはなんとかなりますです。村の備蓄の樽から村の者に安く売っているのもなので……」

「あの、……本当に、挑戦していただけるのですか?」

「うまくいくかは判らねぇぞ。通用しないと思ったら、さっさとランジュを連れて別の村に移動する。こっちの命まで賭ける気はねぇからな」

「は、はい。それもすぐできるように、馬車の準備はさせていただきます」

「それと、もうひとつ頼まれてくんねぇ?」

 グランは言いながら、窓の外に視線を向けた。ここからでは見えない、砦跡の塔に向かって。

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