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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
176/622

10.土の記憶<5/6>

「夢の中で、あの戦士の攻撃は僕の剣を素通りしました。でもグランさんはちゃんと防いだし……、僕なんか眼中にない様子だったけど、グランさんのことは相手だと認めたようでしたよね。どういうことなんでしょう……」

「そりゃあ……」

 言いかけて、グランは慌てて口をつぐんだ。エレムが言葉の先を問うように目を向けたが、司祭がそれより先に、

「ひょっとしたら、あなたなら、ボーデロイに打ち勝つことができるかもしれません」

 やっぱりこう来たか。グランは思わず額を押さえた。

「つーか、相手は夢だぞ? 夢の中で勝ったところで、もう出てこなくなるって保証はねぇだろ」

「そうかも知れませんが、ひょっとしたらこれはボーデロイを妄執から解き放つ千載一遇の好機であるのかもしれないのです。晩年こそ狂気に取り憑かれ、ひたすらに人を殺めるだけの鬼のような存在になってしまいましたが、彼が前線に立ったことで、この地が侵略から免れたのは事実なのです」

 司祭は真摯な表情で、グランを正面から見据えた。

「女神レマイナは、生の祝福を受けてこの世に生まれ落ちた全ての命に、等しく、死する権利を与えました。カーシャムが人々に死という安らぎを約束する神なら、農耕神デュエスは全ての生きて死にゆくもの、死んでいったもの、生まれてくるはずのもの、すべてを未来に向けてつなぎ合わせる神なのです。死はただの終わりでも絶望でもありません、生を終えた命は一切のものから解き放たれ、いずれ大地に溶け込んで、新しい命を紡いでいくのです。それは死んでいくものの希望であるはずです」

「……」

「ですがボーデロイの思いは、死してなお安らぐことなく、生きるものに今も災いをもたらし続けています。これは、巻きこまれた者もそうですが、ボーデロイ自身にとっても不幸なことだと思うのです。グランさん、同じ戦士として、彼に改めて滅びの機会を与えてあげることはできないでしょうか」

 エレムは、司祭の熱心さに驚いた様子で、グランと司祭とを見比べた。

 グランがちらりとランジュに目を向けると、話が判っているのかいないのか、エレムの膝の上に座ったまま、法衣の袖口をつまんで遊んでいる。グランはなんともいいようのない顔で頭をかいた。

 司祭の熱意は充分伝わってくる。が、もともと夢の中の話だ。そもそも、もう一度ランジュが眠ったとしても、同じように自分が夢の中に招かれるかどうかすら判らないのだ。

 さっきは自分の攻撃に手応えを感じたが、次にあの鎧男と対峙したとき、同じように攻撃が通じるかも保証などない。ないのだが。

「……葡萄酒の樽ひとつだ」

「はい?」

「夕方にここで飲ませてもらったのと同じ葡萄酒を、小さくてもいいから樽ごとひとつ。それが報酬なら、引き受ける」

「ちょ、ちょっとグランさん!」

 心底驚いた様子で、ランジュを抱えたエレムが声を上げた。

「なに言ってるんですか、また同じ夢を見たとしても、今度こそランジュがどんな目にあうか判らないんですよ? こんな小さい子を、心に傷を負わせるような危険にさらすわけにはいかないです、ここは荷馬車でもなんでもお借りして、すぐにおいとまするべきじゃありませんか」

「お前、ランジュをなんだと思ってるんだ?」

 グランは面倒くさそうにエレムの声を遮った。

 エレムの言うことはしごくまっとうだ。もしランジュが、本当に自分たちの保護するべき対象だとしたら――いや、そうでなかったとしても、ただのなんでもない子どもなら、グランだってきっとそう判断する。

 ボーデロイは、自ら望んでその手を血で染めたのだ。ボーデロイが今なお、己の妄執に縛られているのだとしても、それはグラン達には何ら責任はない。同じ戦士として? ふざけんな、自分てめぇの事で俺は精一杯だ。

 精一杯、――なのだが。

 グランは、夢の中であの甲冑の戦士が持っていた、特徴のある武器を思い起こした。血に染まっているわけでもないのに、赤黒く染まったあの刃。あの刃に埋め込まれ、輝いていたのは、あれは――

「ちょっと話させてくんねぇ? すぐ終わるから」

「あ、はぁ……」

 席を外せ、と言われたのをすぐに察して、司祭は村長に目配せすると、揃って部屋を出て行った。その足音が炊事場へと遠ざかっていくのを確認して、グランは横目でランジュを見た。

 ランジュは半分眠そうに、エレムの法衣の袖をいじって遊んでいる。だが、明らかにグランと目が合うのを避けている。

「……どうしたんですか?」

「たぶん、このままここを出て行こうとしたら、別の形で足止め食らうぞ」

「ええ? 村の人に妨害されるとか、ですか?」

「違ぇよ、それもあるかもしれねぇけど、たぶんもっと別の形であからさまに来るぞ。崖崩れで街道が使えなくなるとか、川が増水して橋が落ちて迂回もできないとか、なんかでかい事件が起きて街道自体が封鎖されるとか」

「まさかそこまで」

「お前、こいつがなんだか忘れたのか」

「なんだかって、そりゃあ……」

 エレムは、司祭が出て行った扉にちらりと目を向け、いくぶん声をひそめた。

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