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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
171/622

5.英雄伝説の地<4/4>

「あ、あの、お役目で預かっている女の子というのは、その子のことで……?」

「ほかに誰かいるように見えるか?」

「え、ああ、そ、そうですよね」

 グランとエレムは揃って目を瞬かせた。アディと呼ばれた女も、彼らの反応の意味が判らないようで、不思議そうに彼らを見上げている。

 司祭と村長は言葉を絞りだすように口をぱくぱくさせていたが、同じ時機タイミングでくるりとこちらに背を向け、

「まずいですよ、まさか……だなんて」

「で、でも、ルキルア軍の将軍さんからくれぐれもって頼まれてるのに、村に泊めないわけには」

「そ、それはそうなんですけど、もし……が……ったら」

「しかし、……とはいえ子どもだろう? 大丈夫なんじゃないのか?」

「でも……なったら……」

「……」

「あ、あのー?」

 額を寄せるように小声で相談している司祭と村長に、戸惑ったエレムが声をかける。

「どうかしましたか? なにか、具合の悪いことでもおありですか?」

「ま、まさかそんなことあるわけがござらんですよ」

 なにを動揺しているのか、引きつった笑顔でふり返った村長が不思議ななまりで答える。すぐにまた二人で額を寄せ、

「と、とにかく今日はうちに泊め……、司祭様は……ったらすぐ」

「しかし……となったら、かえって……なことに」

「いくら……でも、……くらいわかるだろう。それにこんな時間に追い出すような真似は……」

 よく判らないが、かなり戸惑っているらしいのが漏れ聞こえてくる。グランはエレムと顔を見合わせた。ランジュは周りの様子など気にも止めないまま、皿の上の蕃茄トマトを食べきって、今度は藍苺に手を伸ばしていた。




「結局、なんだったんだ?」

「さぁ……?」

 寝室として通された二階の部屋に入ると、グランとエレムは改めて首をひねった。

 話の後は村長の家に招かれたのだが、二人のあのうろたえようとは一転しての厚待遇だった。

 風変わりな訪問客をかぎつけた村人達が酒や食べ物を持って遊びに来て、夕飯の席はとても賑やかで豪華だった。この近辺を歩いてきた中で、最高に旨い葡萄酒を振る舞われたことはエスツファに自慢しなければなるまいと、グランが謎の決意を抱いたくらいだ。

 おかげで、司祭と村長がなにを相談していたのか、聞き出す隙がさっぱりなかった。

「まぁ、酒も飯も旨かったし、いいんだけどな」

乾酪チーズがおいしかったのですー」

「近くによい牧場があるのでしょうかね、肉料理も美味しかったですね」

 旨いという言葉に反応したランジュの頭を撫でると、エレムは燭台の灯りに揺らぐ部屋の中を改めて見渡した。

 田舎の村だからさほど豪華ではないが、小綺麗でよく整えられている。旅人が一夜の宿に迎えられるには、充分すぎるほどだ。こうやって旅人をもてなすのは、珍しくないことなのだろう。

「でも、葡萄酒の産地なら、買い付けに来る商人も多そうだけどな。なんで宿屋がないんだろう?」

「さぁ……小さな村で、葡萄畑の世話に手が取られて、そんな余裕はないのかも知れないですよ。それに、もっと川に近い村の方が、商人の方は拠点にしやすいんじゃないでしょうか」

「うーん?」

「おそとがみえるのですー」

 首をひねっているグランにはお構いなしで、ランジュは薄く開いていた窓際に近づき、背伸びして外をのぞき見ている。その頭の上から、グランもなんとなく外の光景を眺めてみた。

 外はもう真っ暗で、狭い村の家並みと広い葡萄畑が、星明かりにおぼろに照らされているのが見える。

 その中で、この村で一番高い建物になる、教会の庭先にある砦跡の塔が、黒く浮き上がって見えた。村の周囲に整列する葡萄の木の影は、まるで攻城のために城を取り囲む軍隊のようにも見える。

「五千を倒した英雄ねぇ……」

 教会の庭で聞いた話を思い出して、グランは首をすくめた。その顔の下で、窓枠にあごを乗せていたランジュが、満足そうに大きなあくびをした。

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