3.英雄伝説の地<2/4>
言われたとおり、教会として使われている建物は、古い砦跡の敷地内にあった。広場から見えた塔の部分は、砦時代の物見櫓として用いられていたのだろう。形がしっかり残っているのは、その塔と石造りの門だけで、周囲を囲んでいたはずの塁壁は見られない。
その石造りの門をくぐると、すぐ右手に塔があり、その更に左奥の敷地に住居用として使われているらしい二階建ての建物があった。この建物は後年に建てられたものらしく、木造の素朴な外観だ。
「やぁ、ここにもあの英雄さんがいますよ」
ランジュの手をひいていたエレムが、古びた門柱の間を通ろうとして、塔の入り口を指差した。
古い頑丈そうな扉を守るように、あの戦士の銅像が勇ましく槍を構えている。こちらは広場のものより更に古いらしく、雨風に晒された分全体的に摩耗しているが、それでもかなり立派なものだ。
低い場所にあるから、今度はランジュの視界にも入ったらしい。ランジュは少しの間像を眺め、不思議そうに首を傾げた。
「桶をかぶっているのですー」
「桶じゃないよ、あれは大昔に使われてた兜なんだよ」
ランジュが言うのも無理はない。金属を形成する技術が未発達だった時代、兜はだいたいが桶に顔を出す部分を作っただけのような単純なものだった。
鎧にしても、騎士の全身鎧も名ばかりだ。鎖帷子の上に、鉄製の胸甲と肩当て、籠手がついていれば上等なものだったのだ。薄く丈夫な鉄を作るには相当な火力が必要で、炉が発達していない時代の鎧はだいたいが厚く重い。
脚だって、金属のすね当てや膝当てをつけているのはよほど裕福なものくらいで、普通はよくての革製のブーツだった。この銅像が身につけているのも、そんな当時の「上等」な部類の鎧だ。
その鎧の上に、桶をひっくり返したような兜をかぶると、見た目は正直不格好だ。それに、鎧を着ている当人が相当大柄なようなので、当時実際にこの格好をしていたのなら、鎧だけでもかなりの重さだったろう。馬なしでまともに動けたとはとても思えない。
それ加え、この銅像の人物は槍とはまた違う見慣れない武器を手にしていた。
一見すると槍に見えるが、穂先の代わりに、長剣の刃をつけたような形をしている。柄は刃と同じほどの長さで、全体の長さは槍よりは短いが、ただの剣より間合いは広い。牛酪を塗るナイフのような形を想像すると判りやすいかも知れない。
「こりゃ大刀だな」
「大刀、ですか? 剣ではないんですか?」
「古い時代に侵攻してきた異民族が使ってたって聞くけど、俺も本物は見たことねぇな。シャザーナあたりまで行くと、槍の柄に短剣くらいの刃先をつけてるものが、今でも使われてるらしいが」
「略奪に来た異民族が残したものを参考にしてたんでしょうかね。それにしても、これだけ重そうな鎧を身につけて、武器なんか振り回せるものなんでしょうか」
「さぁなぁ……、一人で五千人も相手にするような奴だと、こんな鎧も重いうちに入らなかったんじゃねぇの」
グランの答えもだんだんいい加減になってきた。苦笑いしたエレムがなにか言いかけたが、それより先に、
「あら? 旅のお方?」
教会の建屋らしい建物の影から出てきた年配の女が、穏やかに声をかけてきた。家族なのか手伝いなのかは判らないが、神官の法衣ではなく普通の服装をしている。
手に持ったかごには、葡萄によく似た色の小さな果物がたくさん入っている。藍苺を摘んでいたようだ。
「あっ、すみません。ここまで乗せてきてもらった荷馬車の御者さんに、教会か村長さんのお宅なら一晩泊めてもらえると教えていただいたんです」
「まぁ、それはよくいらっしゃいました」
エレムの几帳面な挨拶に、女は目を細めた。
「司祭様なら、村長と葡萄畑の見回りに行ってますよ。そろそろ戻ってくると思うけれど」
「見回り?」
「収穫が近くなると、土が弱ってきますからね。病気が出ていないか、育ち具合はどうなのか、いろいろ気を配らないといけないのです」
「へぇ……」
農耕神デュエスの神官だけあって、村の農作業には普段から関わっているようだ。もちろん小さな村だから、普段からそれこそ猫の手でも借りたいような状況なのだろうが。
「あらあら、お嬢さんはお疲れかしら。司祭様が戻ってくるまでお茶でもいかが? それも切ってあげましょうか」
言われて目を向けると、蕃茄を片手に持ったまま、ランジュがいつの間にか女のそばに近寄って、藍苺のかごを物欲しそうに眺めている。目にした瞬間食べものだと判断したようだ。
女は三人に庭先の長椅子を勧め、自分は一旦建物の中に引っ込んだ。ほどなく、お茶の用意をして戻ってきた。
手にした盆には、水差しとカップのほかに、切った蕃茄と洗ったばかりの藍苺が盛られた皿もある。来客には慣れているのだろう。




