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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
168/622

2.英雄伝説の地<1/4>

 川沿いの広い草原地帯と、急斜面の葡萄畑と林を抜けた先に、パルセの村はあった。御者の男が言ったとおり、だいぶ日は傾いていたが、まだ夕暮れには早い頃合いにたどり着けた。

 パルセの村は、山向こうにある別の町から続く道が街道にぶつかる、丁度三叉路にあたる場所に位置している。川から少し離れた高台にあるから、傾斜に整えられた葡萄畑を背景にした石造りの小さな村の姿が遠くからもよく映えた。

 葡萄畑の中に、葡萄の木を手入れをする者たちがまばらに見える。収穫の時期にはまだ早いからか、道行く者たちも、一日の仕事を終えて日が沈むまでのこの時間を、それぞれのんびり過ごしているようだ。

 水汲み用の噴水池の周りが、そのまま村の広場になっていた。噴水池は絶えず水を湧き出させ、斜面にある割に水量が豊かだ。それが村の飲み水や畑の灌漑用水にもまわっているのだろう。

 その噴水池の横には、人の背丈ほどもある台座が設けられ、更にその上に古い時代の全身鎧を身につけた銅像が立っていた。戦士の像は特徴のある形の槍を手に、村を見守るように屹立している。

 グラン達を降ろすついでに、水を馬に飲ませようとしていた御者は、彼らの視線に気付いていくぶん得意げに胸を張った。

「あれは、この地方の英雄ボーデロイ様だに。戦乱の時期に、川を遡って略奪に来た異民族を壊滅させたという、伝説の勇者様だに」

 得意げに語る御者に、エレムは笑顔で相づちを打った。

「この地方の戦乱に乗じて、異民族が奴隷狩りのようなことをしていたと聞きます。たしかボーデロイさんが鬼のように強くて、恐れを成した異民族は二度と近寄らなかったそうですね」

「だに。その後も、別の国から侵攻を受けるたびに前線に立たれて、戦争を収束させたお方だに。話だと、五千からの敵兵をたったひとりでなぎ倒したそうだに」

「すごいお方だったんですねぇ」

「ひとりで五千ねぇ」

 感心した様子で見上げるエレムの横で、グランは胡散臭そうに片眉を上げた。ランジュは勝手に噴水池に駆け寄って、中をのぞき込んでいる。魚でもいないかと思っているのだろう。

 一騎当千とは良く聞くが、実際に可能なものなのかはグランにもよく判らない。人間の体力と気力が保ったとして、武器や鎧がそれだけの数の敵を相手にまったく消耗しないわけがないだろう。幾ら使っても切れ味の鈍らない、壊れない武器など、この世に存在はしないのだ。

 もちろん伝説だから誇張が九割と言ったところだろう、いちいち突っ込むのも大人げない。

「同じ種類の葡萄でも、この近辺のは味もいいし、特にこの村のはいい葡萄酒になるって昔から評判だったんだに。それで、近隣の国はこの地方に攻め込むとき、まずこの村を欲しがったって話だに。でもボーデロイ様のおかげで、誰も手出しが出来なかったそうだに」

「そんなに素晴らしい葡萄が出来るんですか」

「ああ、デュエスの加護のおかげだに。この近隣に葡萄を広めたのも、デュエスの神官だっていうに」

 池から汲んだ水を馬に飲ませてやっている御者の説明に、エレムは目を丸くした。

「デュエスって、農耕神デュエスのことですか?」

「だに。特に特産のなかったこの地方に、デュエスの神官が葡萄の苗を持ち込んで、育て方を広めてから、とても豊かになったに。この村にデュエスの教会があるのもその名残らしいに」

「えっ、村にある教会って、デュエスのなんですか?!」

「ああ、言ってなかったがに」

 かなり驚いた様子のエレムに、御者は家並みの間から見える、石造りの小さな塔を指差した。

「あれは大昔の砦跡だがに、そこの庭に小さな教会があるに。教会はあの塔を目指していけばすぐに判るに。村長さんの家も、すぐ近くだに」

「は、はい、どうもありがとうございました」

 馬に水を飲ませ終え、荷馬車が南の道へ去っていくのを見送って、グラン達は教えられたとおり砦跡の塔を目指して緩やかな坂道を歩いた。

 歩いている間にも、すれ違う村人達が三人に気さくに挨拶をしてくれる。元気の良い老女に穫ったばかりの真っ赤な蕃茄トマトをもらい、早速かじりつこうとしたランジュをエレムが慌てて止めていた。



 デュエスは、天空神ルアルグの兄弟神で、農耕の神だ。一般的な知名度は、エルディエルを除く地域でのルアルグのそれとさほど変わらない。大陸全土にはそこそこ教会建屋もあるらしいが、レマイナ教会ほど組織だっていないようだ。

 古い時代のデュエス神官の中には、雷雲を呼び雨を降らせる法術師もいたという。現在はそういった話はまったくと言っていいほど聞かれない。デュエス神官の中に法術の素養のある者がいるいないという話の以前に、デュエス教会に属する神官が圧倒的に少ないのだ。

 もともと農耕神デュエスは、天候に直接干渉するルアルグとは違い、知識の神としての面が大きい。灌漑するための知識や技術を与え、病気のでないような作物の栽培方法を見つけられるよう導き、その土地や気候に適応できる植物をもたらす、という形で人間を助けるのだという。

 干ばつや害虫で大きな被害が出ると一気に知名度が上がるが、普段は無名マイナーなので、どこに教会建屋があってどれくらい神官がいるのかも、あまり知られていない。レマイナ教会なら把握しているのだろうが、その情報を欲しがる人間がまず少なそうだ。

 そのデュエス教会の建屋が、この村にはあるという。

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