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ラグランジュ ―漆黒の傭兵と古代の太陽―   作者: 河東ちか
緑原の英雄と冥闇の使者
167/622

1.旅の続きのはじまりは

 川沿いの狭い平地に、街道が伸びている。それまで右手遠くに見えていた山並みが、何度かの休憩をはさむうちに、少しずつ川に近づいて、平地が狭くなってきた。

「この先は、ちーとの間丘が続くに。この辺りはいい葡萄が採れるに」

 ゆるやかな斜面に広がる葡萄畑を見渡しながら、年かさの御者が訛り気味に説明する。規則正しく並んだ葡萄の木が、斜面に美しい縞模様を作っているのが、街道からもよく見えた。

 幅の広い川面は空と同じ色に輝き、その上をのんびりと船が行き交っている。荷台の積み荷にもたれ、足を投げ出して座っていたグランは、風に髪をそよがせながら目を細めた。

「いい葡萄が採れるなら、いい葡萄酒もできそうだな」

「ぶどうはおいしいのですー」

 隣に座ってうさぎの人形と一緒に景色を眺めていたランジュが、葡萄と聞いて条件反射のように声を上げた。

 御者台で御者と並んで座るエレムが、肩越しに苦笑いを見せた。エレムの表情は、ヒンシアからフスタの村に発った時よりはずっと明るく、いつも通りのように見えた。



 フスタの村からヒンシアに戻った三人は、街道を先行しているルキルア・エルディエルの部隊を追って東に向かい始めた。

 市長に借りていた馬車をそのまま使うことも考えたが、既に隊から離れて四日が過ぎている。いくら街道ではそこそこ治安が保たれているとはいえ、彼らを送らせた帰りは護衛なしになってしまうとなると、追いはぎや事故の危険も高くなるだろう。

 それなら、同じ方向へ向かう荷馬車や乗合馬車を乗り継ぎながら追いかけた方がよさそうだ。徒歩の者が多い一行だから、さほど大きく離されてはいないだろう。充分取り返せるはずだ。

 幸い、ヒンシアを出ようとしたところで、東に向かう半分空荷の荷馬車に行きあった。

 ここは同情を引いて有利に話を運ぼうと、ランジュと手をつないだエレムに声をかけさせたが、荷馬車の御者はグランを見るなり、

「あー、あんたさん、ルキルアの女将軍さんの護衛やってたひとだに」

「えっ?」

「例の騒ぎの二日前くらいに、運んできた荷を商人の船に降ろしとった時、女将軍さんとあんたさんが水路の乗合船に乗ってるのを見たに。えらい美人の女将軍さんだったに。それだけでも仰天だったに、黒ずくめの色男が一緒におるって、町の女達が騒いでおったに」

 ああ、そういえばそんな事もあった。たった数日前のことなのに、なんだか遠い昔のことにように思える。思わず憂いのようなものが顔に出そうになったが、

「なして一緒に行かなかったに? 浮気がばれて部隊から追んだされたに?」

「な、なんでそうなるんだよ!」

「僕らは別のお役目があって、ちょっと別行動をとってただけですよ」

 妙に動揺した声を上げるグランの代わりに、エレムが苦笑いしながら答えた。

「早めに部隊に追いつきたいので、同じ方向なら途中まででも乗せていただけると助かるんですが」

「お役目かに……?」

 御者の男は不思議そうに、黒ずくめの傭兵と、若い神官と、一〇歳ほどの少女という奇妙な三人組を見比べた。無理もない。こんな三人組チームが軍隊からどういうお役目を預かるものか、グランだって簡単に想像できない。

 それでも、エレムと手をつないだランジュがにっかり笑っているのには、やはり心が動いたようで、

「まぁ、街道を東に行くなら、ついでだから構わんに。ワシはパルセの村の分かれ道から南に向かうから、乗せてやれるのはそこまでやけど、ええかに」

「パルセの村って、馬車だとどれくらいかかるんですか?」

「今からなら、休み休みでも夕暮れ前には着くに。なんでか宿屋がないんども、旅の人は教会の司祭様や村長さんが家に泊めてくれるし、ワシも帰りが遅くなるとよく世話になるに。子ども連れなら無理に先を急がないで、そこで休ませてもらうがいいに」

 どうやら、子連れで野宿は避けられそうな雰囲気だ。と思ってグランが目を向けてみれば、こちらの話などどうでもよさそうに、ランジュは馬が草を食む様子をしげしげと眺めている。あの気楽さがうらやましい。

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